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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十三章 決戦
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13-7話 中央で、爆ぜるような笑い声

 怒鳴ってからシマッタと思ったが、もう止められない。


「あんなもん、ぶっつけ本番で受けれるかい!」


 続けて今まで溜まっていた怒りが迸る。さっきまでの感謝の気持ちなど綺麗さっぱり吹き飛んでしまっていた。


「カイちゃんは昔からやりすぎなんや!」


 開斗は、鉄太に言われっぱなしのまま立ち尽くす。


「ツッコミの修行で、目ぇ見えんようになるとかアホちゃうか?」


 さらに(ののし)る鉄太であったが、決壊したダムの奔流がいつまでも続かないのと同じように、彼の怒りのボルテージも徐々に落ちる。


「なんで、ワテに連絡してくれへんねん」


 非難から愚痴へと移り変わり、やや冷静さを取り戻した時、鉄太は漫才師として、決定的な失敗を犯してしまったことを痛切に感じた。


 確かに、今回の件は開斗に責任があるのは言うまでもない。


 しかし、それをフォローするでもなく、客の前で責め立てるのはプロとしてあるまじきことだ。


 いや、それ以前に、開斗が〈モーゼのツッコミ〉をすると分かった時点で、断固として止めるべきだった。もっと自分の意見を主張すべきだったのだ。


 今にして分かったが、岩をも砕く亞院鷲太(あいんしゅうた)のツッコミを、幻一郎は〈笑壁〉で受けて漫才をしていたのだ。であるならば、ツッコミの力をいくら強大にしても、W=BT^2の表現に繋がるとは思えない。


 その方法で証明できるのならば、父は今際(いまわ)(きわ)まで悩みはしなかっただろう。〈のーべるず〉の現役時代に辿(たど)り着いていたはずなのだ。


 そして、〈特殊笑対論〉について最も考えていた開斗が、それに気づかないことがあるだろうか?


〈モーゼのツッコミ〉を強行したのも、亞院鷲太(あいんしゅうた)の後継者が自分であることを、全国ネットでアピールしたかっただけではないのか?


「もう……アンタとはやっとれんわ」


 鉄太は一度体を右に捻って勢いよく戻す。


 すると左腕の義手が遠心力で宙に浮き、開斗の腹を打った。


 コンビ解散。


 廃業。


 もう二度と漫才はやらないという決意を込めて。


 ポコン


 笑気も乗っていない義手のツッコミは跳ね返された後、鉄太の肩を支点にプランプラン揺れ動いた。


 鉄太が健常な右手を最後のツッコミに使わなかったのは、立ち位置的な問題だけではない。


 開斗に()れることすら嫌だったのだ。


『どうも、有難うございました』


 二人は会場に対してシメの挨拶(あいさつ)をした。


 鉄太の「アンタとはやっとれんわ」との言葉がスイッチとなって、〈満開ボーイズ〉最後の挨拶(あいさつ)は流れるような自然さで行われた。


 まるで先ほどの破壊行為や怒号の全てが予定通りであったと思わせるほどに。


 しかし、それを見守る客席は(しわぶ)き一つもない。


 開斗が劇場内から笑気を集めたために、笑いの雰囲気がリセットされてしまったのだ。


 仮に、鉄太がモーゼのツッコミを受けきっていれば、違った結果になっていたのかもしれない。


 開斗が集めた劇場内の笑気は山門を破壊した後、再び客席の方へ漂い始める。


 しかし笑気というのは笑いやすくするもので、それだけで笑わせる力は無い。


 ただ、鉄太と開斗が頭を上げた時、会場の中央で()ぜるような笑い声が発せられた。


 幻一郎である。


 幻一郎が台を叩いて笑っているのである。


 すると、打ち上げられた花火が炸裂したかのように、会場全体へと爆笑の連鎖が始まった。


 何が起きているのか全く理解できない鉄太。


 さらに、倒壊した山門から外れ落ちてた電光掲示板が満点を表示した。掲示板の電源は、ショートした配線とは別系統からの配線だったのでまだ生きていたのだ。


 また、門以外に取り付けられた電飾も激しく明滅を始め、舞台に設置されていたキャノン砲と呼ばれる特殊効果を行う装置からは、盛大な破裂音と共に、大量の金銀の紙片が打ち出され、キラキラと紙吹雪が舞い落ちる。


 唖然とする二人に、司会者とアシスタントが駆け寄り、祝賀を述べる。




 そして、BGMに表彰式でおなじみの「マカベウスのユダ」という曲が流れ始めると、そのまま表彰が始まった。


 まず、アシスタントの女性より、表彰状が読み上げられ、鉄太に授与される。


 続けて、スタッフの一人が大きなトロフィーを、開斗に手渡そうとするところを、鉄太が割り込んで片手で受け取る。というのも、開斗から表彰状とかトロフィーとか落とさずに受け取る自信がないから鉄太が全部受け取ってくれと頼まれているのだ。


 それから、司会者から色々インタビューを受けたのだが、状況の変化に全く追いつけない鉄太の頭には全然入ってこずおざなりな返事しかできなかった。


 そもそも、審査員である幻一郎の姿が見当たらないことも彼の戸惑いに拍車をかけていた。


 気づけば式も最後となり、優勝賞金の1000万円が記された大きな賞金パネルが、笑戸(えど)テレビの制作局局長から渡される運びとなる。


 鉄太はトロフィーと賞状を開斗に渡して、賞金パネルを受け取ろうとする。


 局長から、なんでお前が全部受け取ろうとするんだ的な空気が感じ取れたが、鉄太だってやりたくてやっているわけじゃないのだ。


 賞金パネルを受け取ろうと、局長の顔を見ると、深いシワが(きざ)まれていた。そのシワは年齢的な理由によるものだけではなさそうで、とても祝ってくれている雰囲気ではない。


 もしかして、全て自分が受け取ろうとする行動を不快に思ったのか? それとも片手で受け取ろうとする失礼な態度が気に障ったのだろうか?


 とはいえ、これで一挙に1000万円の借金が返済出来るのである。


 ほんの数分前まで廃業を考え、最悪足をへし折られることさえ覚悟したのが、まさかこんな展開になろうとは。


 鉄太は夢ではないかと疑いながら、受け取った賞金パネルを(のぞ)き込んだのだが、


「…………あの、すみません、局長はん……この棒印(ぼうじるし)なんですの?」


 不可解なことに、鉄太が手にした賞金パネルの金額の前には、マジックで書いたような線が一本、横に引かれていた。


 鉄太の疑問に初老の男は、仏頂面を保ったまま横柄に答える。


「それはマイナスという意味だよ。君たちが壊したこのセットは2000万円ほどしたので、賞金の1000万円を差し引きして、マイナス1000万円を進呈する。

 ──まぁ、心配しなくても君たちなら、1000万円ぐらい、すぐ稼げるようになるだろう」


 天国から地獄に突き落とされ、鉄太は床にへたり込む。


「そんな殺生(せっしょう)な~~~~~」


 その頓狂(とんきょう)な叫び声に、客席から爆笑が巻き起こった。


つづきは明日の7時に投稿します。

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