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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十三章 決戦
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13-6話 場内に、響きわたった破壊音

 漫才の流れは、彼らの『遠足』で潮干狩(しおひが)りをしに〝海〟へ行きたい鉄太と、〝トナカイ〟を見に動物園へ行きたい開斗の言い争いで、〝トナカイ〟を知らないというのであれば見に行くべきという開斗の主張で、動物園へ行くことが決まったところである。


 終盤近くになって、鉄太はようやくネタのオチを見通すことができた。


 開斗は〝トナカイ〟のワードで笑気を何度かぶつけて来た。つまり、〝トナカイ〟が〝海〟にツッコませるためのキーワードなのだ。


 で、あるならば、その後の展開は、鉄太が開斗を笑豆島(しょうどしま)までれて行き、そして、開斗の注文通り〝海〟やないかとツッコんでもらい、『これはトナカイやのうて瀬戸内海(せとないかい)や』で落としてもらう予定のはずだ。


 心に余裕が出来たせいか、鉄太は余計なことを思い出す。


 そう言えば、開斗は最後のツッコミでW=BT^2をやると言っていた。正直、最後まで〈三笑方の定理〉のままで十分だと思うのだが、開斗はやるだろう。


 鉄太は不安を抱えながら、開斗を海へ連れているためにドライブの寸劇を行う。


 開斗は寝たフリを演じつつ、特大のツッコミをするため、笑気を高め始める。


 まず、両足を開き腰をおとす。


 そして、合掌(がっしょう)したまま右腕を水平にしてT字を形作る。


 頭を左に傾けることで、誰が見てもおやすみポーズにしか見えない。


 鉄太は困った。


 このままでは、〈特殊笑対論〉を表現するためのとんでもない威力のツッコミを受ける羽目になる。


 だが、オチへの流れ上、ここで開斗を起こすワケにはいかない。

 まさか、開斗がここまで読んで〝海〟でツッコませろと言ってきたのだろうか?


 (おのの)く鉄太をよそに、開斗は精神集中のための詠唱(えいしょう)に入った。

 

 (なんじ)、お笑いの他に何物も神とするべからず。

 (なんじ)、お笑い論をみだりに論じることなかれ。

 (なんじ)休肝日(きゅうかんび)を定めよ。

 (なんじ)、師を敬え。

 (なんじ)、怒ることなかれ。

 (なんじ)、下ネタに頼ることなかれ。

 (なんじ)、ヒトのネタをパクるなかれ。

 (なんじ)、ヒトの相方を欲することなかれ。

 (なんじ)、相方を(おとしい)れることなかれ。

 (なんじ)、相方をむさぼることなかれ。


 彼の発する呟きのようなそれは、位置的にマイクが拾うことはない。


 居眠りを演じる開斗の体が小刻みに震えだす。トランス状態に入ったことを示す兆候だ。


 だが異変はそれだけに留まらない。


 なんと、会場に満ちていた笑気が開斗に向かって集まり始めたのだ。


(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ)


 笑気が見える者であれば、開斗の合掌(がっしょう)された両手の部分に集まって行き、凝縮されていく様子を捉えただろう。


 そして、その圧力は三年前の比ではない。


 恐れていた事態となり、全身から冷や汗が吹き出した。


 鉄太は、悲鳴混じりの声で寝ている演技をしている開斗に、笑豆島(しょうどしま)の海岸へ到着したと告げた。


 すると開斗は絶叫をして(スキル)を放つ。


「〈喃照海耶念(なんでうみやねん)〉!」



【モーゼのツッコミ】


 人類史上最大のツッコミと言われるそれは、遥か大昔、ヘブライ人を率いていたモーゼなる人物が、エジプト軍により海岸へ追い詰められた際に、〈喃照海耶念(なんでうみやねん)〉とツッコミ一閃で、海を真っ二つにかち割ったという故事で伝えられている。


 そして、それに想を得た開斗のツッコミが今まさに、鉄太に襲い掛からんとする。


(アカン、アカン、アカン!)


 尋常ならざるそれの笑気の直撃を喰らえばどうなるか分かったものではない。


 現に彼の父、亞院鷲太(あいんしゅうた)はその高度な精神集中を用いたツッコミで岩を砕いているのだ。


 とはいえ、鉄太の特注のパッドはそのような非常識なツッコミを想定して作られている。もしかしたら耐えられるかもしれない。


 ただ、迷うことは許されなかった。


 前回は逡巡(しゅんじゅん)したが故に左腕を失ったのだ。


 受けるならちゃんと受けねばならない。


 右足を後ろに引いた開斗は、体を捻りながら笑気の塊を、鉄太の特注のパッドに叩きつけるべく、合掌した両手で(なぎ)ぎ払ってきた。


「やっぱ無理や────!!」


 (おそ)い来る死神の(かま)のようなそれに対して、鉄太は文字通り仰け反った。


 土壇場で鉄太は避けることを選択した。


 開斗の合掌(がっしょう)は、鉄太の胸元すれすれを通過する。


 鉄太はそのまま後ろに倒れ、ステージから転げ落ちる際に、頭頂部をしたたかに打ち付けた。


 片や開斗は、必殺のツッコミが空を切り、たたらを踏んだ。


 だが、彼の練った特大の笑気は、そのまま打ち出され、山門のセットの柱と『笑』と印されたトビラの片側を豪快に吹き飛ばしたのだ。


 ショートした配線から飛び出る火花。


 場内に響きわたった破壊音。


 客席は水を打ったように静まり返る。


 うずくまり、頭部の痛みに悶絶(もんぜつ)していた鉄太は、なんとか立ち上がったのだが、彼が目にしたものは、倒壊した山門のセットと凍り付く観客たちだった。


 開斗はといえば、合掌(がっしょう)する手を斜め下に向けたままのポーズのままだ。


 ただし、立っているのが精一杯といった感じで、酸素を取り込むために大きく口を開け、肩で息をしている。


 何が起きたのか状況を把握出来ていないみたいで、首を傾げているのだが、サングラスと大口を開けたその顔は、なんだか、とぼけているかのようでもある。


 そんな開斗を見て鉄太は猛烈に腹が立った。


 もしあんなモノをまともに喰らっていたらどうなっていたか分かったものではない。


 鉄太は立ち上がってステージに上ると怒鳴った。


「殺す気か────────!!」


つづきは明日の7時に投稿します。

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