13-5話 幼少の頃よりコンビを組んできた
次に鉄太は、冬は寒くて嫌いだという話をして、反論のサインを右手で送る。
すると、こちらの要求通り開斗は、正月があるから冬は好きだと反論してくれる。
それを受けて鉄太は、盆と正月が一緒来たっておじいさんが言っていたから、今年の正月はいらないとボケる。
すかさず開斗に、〈喃照耶念〉とツッコまれる。
鉄太の〈笑壁〉から笑気が拡散する。
それにより会場内における笑気の密度が上がり、舞台近くの観客から笑い声が上がる。
無論、観客が笑ってくれるのは、蛇沼たちが頑張って幻一郎の陰の笑気を削ってくれたからでもある。
そして、ツッコんだあと開斗は、クリスマスもあるから冬は好きだと反論を付け加える。
鉄太は、自分の家でクリスマスが来たことはないと答える。なぜならば、近所に銭湯があるからだと理由を説明する。
若い子にはやや通じにくいかもしれない。しかし、<ストラトフォートレス>が教えてくれたように今日の観客らは年齢層が高めである。
彼らの子供の頃には風呂がない家が珍しくなく、街には銭湯と呼ばれる入浴施設がそこかしこに見受けられたのだ。
そして、そこには巨大な煙突が付き物であった。
つまり鉄太は、銭湯の巨大煙突にサンタが引き寄せられるので、銭湯の近所にクリスマスは来ないと主張しているのだ。
当然、開斗に〈喃照耶念〉とツッコまれる。
その後に、冬が嫌いならどの季節が好きなのか開斗に問われる。
鉄太は春と答える。
『お題』の『遠足』と絡めるためだけならば、別に秋でもよいのだが、開斗からの注文で、オチを〝海〟でツッコまれる形にしなければならないため春を選んだ。
春の遠足は潮干狩りが定番なのだ。
それを受けて開斗は、花見とかできるから春もいい季節だと褒める。
鉄太は、春が好きなのは、小学生の頃のが『遠足』楽しかった思い出があるからだと言って、『お題』のワードを差し込む。
開斗は、小学校の『遠足』は楽しかったと話に乗っかった。
ならば、二人で『遠足』に行こうという流れになるのだが、行く場所でもめる展開になる。
鉄太は〝海〟で潮干狩りとの意見に対して、開斗は、動物園で〝トナカイ〟が見たいと言い張る。
鉄太は、クリスマスしたことないから〝トナカイ〟は知らないと言う。
それに対して開斗は、鼻が赤くて空を飛ぶと説明すると、鉄太は、下駄を履いて団扇を持っているヤツかとボケる。
開斗に、「それは天狗や」と、手刀ツッコミを打ち込まれる。
もしかしたら、ここまでの解説で〈感性タイプ〉と思われた鉄太が感性ではなく、極めて理論的に漫才を組み立てていると、感じられる方もいるだろう。
その指摘はもっともである。
なぜならば、鉄太は小学生に上がる前から、パラメータを漫才に全振りしてきたため、やろうと思えば脊椎反射レベルでネタの取捨選択を行うことが可能なのだ。
デジタルとアナログは対極にあるとされているが、デジタル信号を超細分化していくと、究極的にはアナログに等しくなるという話と似ているかもしれない。
〈理論タイプの究極〉
それが立岩鉄太なのだ。
漫才はほぼ予定通りに進む。本番前の10分で鉄太が開斗と打ち合わせた通りに。
一度は出した答えである。思考が理論に基づくのであれば、同じ問いに同じ答えを返すのは不思議なことではない。しかし、10分かけて組み立てた答えを、リアルタイムのマルチタスクで組み立てるのは容易なことではない。
コンピューターがオーバークロックで動作するように、鉄太の心拍数は異常に上昇していた。
顔面が熱い。鼻血が出そうだった。
こめかみが痛い。頭の血管がはち切れそうだった。
耳鳴りがヒドイ。耳から変な汁がでそうだった。
全身から汗が噴き出している。足元に池でも出来そうだった。
しかし、それらは全く不快ではない。それどころか、呼吸をするほどに、得体のしれない幸福感が湧き上がる。
鉄太はサングラスをしていることに感謝した。口元こそ笑みを浮かべていられるが、目は飛び出さんばかりに見開かれ、血走っていることだろう。
鉄太は帽子をかぶっていることに感謝した。さもなければ、こめかみの青筋が晒されていたことだろう。
鉄太は蛇沼たちに感謝した。自分たちのために道を開いてくれたことに。
鉄太は観客に感謝した。自分たちの漫才に笑ってくれたことに。
鉄太は開斗に感謝した。自分と漫才をしてくれていることに。そして、再びこの舞台に立たせてくれたことに。
開斗は幼少の頃より、鉄太とコンビを組んできた間柄である。
最低限のやり取りで意図を理解し、鉄太の力を100%引き出してくれる掛け替えのない相方であった。
鉄太がボケて開斗がツッコむ。
〈喃照耶念〉
〈喃照耶今~~心〉
〈喃、照、耶、念!〉
それも単調にならないように、様々なバリエーションで。
開斗が鉄太にツッコむ度に、二人の笑気が交じり合い、粒子のように客席に向かって広がる。
それまで幻一郎の陰の笑気の影響で無表情だった観客の顔が、彼らの笑気を浴びるとほころび始める。
さながら、花咲か爺さんが灰を撒き、枯れ木に花を咲かせるように。
そしてそれは、徐々に幻一郎の陰の笑気のテリトリーを削り、いつしか笑っていないのは幻一郎一人という状態になっていた。
山門に取り付けられた電光掲示板が示す得点は八十八点まで上がって動きを止めている。
ここまで彼らは、〈三笑方の定理〉に従って教科書通りの漫才を進めてきた。それは万人を笑わせるものであるが、万人とは多くの人と言う意味であり、全ての人という意味ではない。
全ての笑いに通じる幻一郎を笑わせることは出来ないだろう。
ただ、自分が腕を失ったショックから完全に立ち直ったことは、伝えることが出来たはずである。
であるならば、例え笑わずとも自分たちの漫才を認めてくれるのではないかと、鉄太はそう感じていた。
つづきは明日の7時に投稿します。
次回 13-6話 場内に、響きわたった破壊音