13-3話 電飾の光と拍手を浴びながら
ほどなくして、〈オロチ〉こと〈キングバイパー〉はステージを終える。
彼らは、漫才に『お題』を含めなかった件により失格となった。普通、失格となれば、場内にしらけムードが漂うのであるが、彼らは「そんなアホな~~」「なんてコトや~~」なと滑稽に悔しがる道化を演じ、さらに笑いを足して幻一郎のテリトリーを削った。
〈満開ボーイズ〉の二人は、出番に備え山門のセットの裏へ移動する。
「カイちゃん。ここ段があるから転ばんようにな」
鉄太は開斗の手を引きながら小声で注意を促した。山門のセットは電飾を備えた台の上に作られているのだ。
鉄太はその台に足を掛けた時、さらに注意すべきことを思い出した。
「マズイで、カイちゃん。門から出た後、ちょっと道が細いねん。もしかしたら踏み外して転ぶかもしれへん」
「大丈夫や。テッたんかて笑パブで、黒塗りのサングラスで前見えへんのに、舞台に上がっとったやん。確かにワイは目、見えへんけど、笑気は前よりも感じられるんや。テッたんの笑気、追ってけばいけるやろ」
「いやいや、笑パブの舞台は、何度か練習したやん。──なんなら、爺さんのフリしたらどないやろ? 手、引いて出てもええし」
「アカン。そんなん漫才ちゃう。完全なコントや」
二人が揉めていると、脇に控えていたADの一人がもうすぐ出番だと知らせてきた。
鉄太はやむなく会話を切り上げる。こうなればもう開斗を信じるほかない。胸ポケットに入れてあったサングラスを掛ける。
イップスを克服してから、舞台で使うことはないだろうと思っていたのだが、開斗は目の火傷跡を隠すためにサングラスが必要なので、バランスを取るために鉄太も掛けざるをえない。
ADがカウントダウンを指で示すために片手を上げた。すると、饐えたような臭いが漂ってきた。
鉄太はサングラス越しにADを観察する。
彼の頬はコケており、目の下にひどいクマがあった。ここ数日、入浴はおろか食事、睡眠さえロクに取っていないに違いない。
このような年末特番では、数か月前から綿密な打ち合わせを積み重ね、本番数日前ともなれば不眠不休になることは、さして珍しいことではない。
かつてスポットライトを浴びたことがある鉄太は良く知っていた。自分たちが華やかなステージに立てるのも、大勢のスタッフの努力の結実であることを。
鉄太の心に後ろめたさが生じる。
彼らは仕事のために命を燃やしている。まさしくプロである。
対して自分がここに立っているのは、どちらかと言えば仕方なしにである。果たしてプロと言えるのか。
だが、そのようなことを考えているゆとりは無い。
幽鬼のような風貌ながら瞳の奥を煌々とさせたADの手は、ゆっくりと親指から順に折りたたまれ、ついには握りこぶしとなる。
すると、山門のセットの向こうの司会者から〈満開ボーイズ〉と叫び声が上がり、続いて、銅鑼が鳴り響き、門が開かれた。
ピンクのパナマ帽とスーツを身に着け、サングラスをした鉄太と開斗は、フラッシュを繰り返す電飾の光と、客席からの拍手を浴びながら門をくぐった。
ただし、鉄太は開斗より一歩前を進む。道しるべになるために。
祈るような気持ちで、可能な限りゆっくり歩く。
もし、開斗が転んだら、どのように笑いに変えるべきか。
笑いながらツッコむべきか。
それとも腹を抱えて大笑いすべきか。
幸いにも開斗は、転ばずに舞台前方の丸いステージに来ることができた。しかし、続いて第二関門の『マイク位置』が待ち受ける。
開斗は、ちゃんとマイクの前で止まれるのか。さらに、鉄太を基準としてマイクの位置を正確に把握できるのかという問題だ。
マイク前で止まらずに舞台から落ちるなど論外であるが、所定の位置より前後左右にズレすぎるとマイクは上手く声を拾ってくれないだろう。
また、ほんの少し前にズレただけでも、手刀ツッコミが、マイクに当たってしまう可能性もある。
もし、鉄太の左腕が義腕でなかったのなら、開斗を引いたり押したりすることも出来なくはないのだが、今の体では無理な注文なのだ。
もしかして、立ち位置を逆にして登場したら、動く右腕で開斗を誘導できたかもと一瞬思ったが、いきなり立ち位置逆にして、開斗に逆の腕で手刀ツッコミをさせるのは無茶だ。
ならば、立ち位置を逆にして登場し、マイク前に立った後で、立ち位置を入れ替えるようにしたらよかったかもと考える。極めて不自然であるが、転んだり転落するより遥かにましだ。
ただ、今となっては手遅れである。どうして登場前に考え付かなかったのかと悔やむ鉄太。
果たして、運を天に任せて鉄太がマイク前で止まる。
すると、一歩遅れて開斗も隣で止まった。
位置はドンピシャである。
どうやら開斗は本当に、目が見えないにも関わらず、鉄太の笑気を感じ取れているみたいだ。
一安心した鉄太は、意識を開斗から観客席に向ける。
目の前には、自分たちに注目する大勢の人たち。そして、観客席の中ほどには魔王が座るような禍々しい審査員席。
そこには幻一郎が深く腰をかけて睨みを利かせている。
鉄太は〈大漫才ロワイヤル〉の舞台に立ったことを実感した。
その刹那、ないはずの左腕がうずき、あの時の記憶が怒涛のようにフラッシュバックし始めた。
つづきは明日の7時に投稿します。
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