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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十三章 決戦
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13-2話 迷惑を、かける相手もいないだろう

『エジプト』と『海』。


「カイちゃん……ま、まさかアレやるつもりか!?」


 背筋に寒気が走る。


「アカン、アカン、アカン。そんなん絶対アカンて」


 鉄太の予想が正しければ、開斗が行おうとしていることは、とてつもなく危険なことである。


 しかし、拒絶する鉄太に対して、開斗は自信ありげに答えた。


「そんな心配せんでええって。客は700人ぐらいしかおれへんのやろ? なら笑気の量も大したことないやろ」


「大した事なかったら、アカンやん」


「ちゃうねん。大した事ない程度が丁度(ちょうど)ええぐらいやねん」


「とにかく、アカンもんはアカンて」


 何を根拠に丁度いいと主張するのか、さっぱり分からなかったし、それ以前に〈特殊笑対論〉の解釈としてツッコミの力を高めることが正しいのかが疑問になっていた。


「最後のツッコミで使うだけや」


 開斗はネタ全般を〈三笑方の定理〉で進め、最後にのみ〈特殊笑対論〉をやることを提案してきた。


 漫才で複数の方程式を用いることを複合構成と言う。


 音楽で言えば転調みたいなもので、強い印象を与えることができ、上手く使えれば非常に効果的なのだが、失敗すれば全てを台無しにする諸刃の剣だ。


 普通は、長めの漫才を行う際、一本調子にならないよう用いられるのだが、鉄太が危惧しているのはそんなことではない。


 証明されていない方程式、保証のない(スキル)、検証されていない構成。


 問題に問題を積み重ねた行為を、ぶっつけ本番で行うことに対して危惧しているのだ。


「絶対失敗するって」


「失敗がなんやねん。優勝出来へんかったら同じやろ。ワイらのために、失格承知で漫才しとる〈オロチ〉や、その前の連中に、テッたんは申し訳ないと思わんのか?」


「いや、思うけど……前にそれやってアカンかったやん」


 思い出したくもないことであるが、三年前も結構似たような状況であった。


 あの時の出演順は一番であり、絶対不可能だと思われた優勝を狙うために、証明されてもいない〈特殊笑対論〉を強いられた。


 結果は最悪。


 左腕を失い、コンビは解散、おまけに多額の借金を背負う羽目になったのだ。


 鉄太は()え切らない態度を取るが、開斗はさらに(たた)みかけてくる。


「じゃあテッたんは、絶対優勝出来んひんネタやれって言うんか? そないなことしたら、第七回の〈大漫〉で、ワイらが退場した後に漫才した連中に、申し訳ないって思わへんのか? あん時でも優勝者出しとんねん。あの地獄のような空気の後でやで」


 その地獄のような空気を作った張本人に糾弾されることには釈然(しゃくぜん)としないが、開斗の言うことにも一理ある。


 大会を中止にしなかったのは運営側の判断だとしても、仮に優勝がヤラセであったとしても、あの惨劇の直後の舞台に、一体誰が立ちたいと思うだろうか。


 もしかすると、彼らも今回みたいに一致団結したのかもしれない。


 そのような推論(・・)をした時に、鉄太は妙な引っ掛かりを覚えた。


 どうして、自分はあの後のことを何も知らないのだろうかと。


 言うまでもない。


 聞いていなかったのだ。


 誰からも聞いていなかったのだ。


 事故の後、自分のことで一杯一杯だった彼は、大迷惑をかけた漫才師たちに、会ってもなければ謝ってもなかった。当然、その時の話など聞いていようはずもなかった。


 鉄太は自嘲(じちょう)気味に苦笑を漏らす。


 普段、開斗に対して謝ることが出来ない人間だと不満を募らせていたが、自分も大して謝ることが出来ていなかったと感じたのだ。


「よっしゃ。決まったな」


 鉄太の苦笑を、了承の意だと勝手に解釈(かいしゃく)した開斗は、音が出ないように小さく手を打った。


 だが、鉄太はあえて訂正しなかった。


 今回は自分たちが最後(トリ)であり、失敗したところで迷惑をかける相手もいないだろうと、この時はそう思ってしまったのだ。


つづきは明日の7時に投稿します。

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