13-1話 だがしかし、すでに退路は断たれてる
休憩時間が終わり、いよいよ決戦が始まる。
まず、先鋒は〈丑三つ時シスターズ〉である。
彼女たちが用いたのは〈アリエナールの定理〉であった。
それは、『あり得ない』けど『なるほど』と思うことの組み合わせにより、笑いに変換する方程式である。
そして『お題』を巧みに織り交ぜながら、笑気を目の前の客のみに集中させることにより、幻一郎の陰の笑気を部分的に押しのけ、見事、橋頭保を作り上げることに成功した。
得点はこれまでにない高評価の八十三点をマークし、初めて担架で運ばれないコンビとなった。
次鋒は〈ストラトフォートレス〉である。
彼らが用いたのは〈プゲラーの法則〉というもので、客が思わず吹き出したところにかぶせて爆笑にするというものである。
一つのボケに対して複数回突っ込むことで、一分あたりの笑い〈Warai Par Minute〉が多くなり、〈三笑法の定理〉に比べてスピーディーな展開にできる。
しゃべくり漫才と相性が良いので、現在人気の高い方程式の一つだ。
鈴木ナパームは、〈笑夷弾〉を〈丑三つ時シスターズ〉の築いた橋頭保に炸裂させることにより、どんどん笑気のテリトリーを拡大させた。
得点は、〈丑三つ時シスターズ〉を超える八十七点である。
彼らは退場したあと、急いで山門のセットの裏を回り込み、舞台上手に戻って来た。
〈笑夷弾〉の打ちすぎで疲労困憊した鈴木ナパームを、小林ボンバーが支えている。
「客の年齢層はやや高めです……」
「兄さんら……後は頼んます」
わざわざ客席の情報を伝えに来た小林ボンバーと鈴木ナパームは、そう言うと力尽きたのか前方向に大きく傾ぐ。
蛇沼と錦は、あわてて彼らが倒れる前に受け止め、そのまま床へ寝かせた。
「オウ。任しとくのじゃ」
「分かったのじゃ。ヌシらの奮闘、絶対無駄にせん」
後ろからADが、蛇沼たちに早く位置に付くようにせかしつけてきた。
それを無視して蛇沼は、開斗に向き直る。
「ワシらがキッチリと、お膳立てしといたる。もし、これで優勝せえへんかったら承知せんぞ」
「恩着せがましいわ。──でもまぁ、ワイらが優勝したら、焼き肉でも奢ったるわ」
開斗の返答に、蛇沼と錦は顔を見合わせて苦笑した。
「何でヌシらに奢られなアカンのじゃ」
そう言い残し、二人は山門のセットの裏に消えて行った。
舞台に登場した〈キングバイパー〉は、昔の〈オロチ〉スタイルを復活させた。
彼らは〈ソリャナーイの定理〉に基づいて、ありえないボケをする錦に対して、蛇沼が全身全霊の〈オロチツッコミ〉を放ち、どつき漫才特有のダイナミックな笑気をまき散らす。
ただ、そんな二人の漫才に対して、鉄太はあることに気づいた。
彼らは、『お題』を無視するつもりだと。
なぜならば、今彼らが舞台で披露しているのは、〈オロチ〉の代名詞とも言えた爆笑必至の鉄板ネタで、鉄太はその後の展開を全て知っている。
そして、そのネタに彼らが与えられた『お題』は含まれていない。
無理やり『お題』をねじ込むことは不可能ではないだろうが、多分それはしないだろう。
蛇沼たちは、今のトレンドではない、どつき漫才を行うハンディキャップを、『お題』を無視した鉄板ネタをすることで埋め合わせようとしているのだ。
それにより、〈キングバイパー〉は失格にならざるえない。
さらに増す責任の重さに、鉄太は溜息をついた。
だがしかし、すでに退路は断たれてる。
自分たちに課された使命は、優勝をもぎ取ることだ。
ちなみに、〈満開ボーイズ〉に与えられた『お題』は『遠足』である。誰しもが経験するイベントであり、ラストの組に対する若干の心遣いが感じられる。
ただし、必ずしも簡単というワケではない。
と言うのも今の季節は冬である。いかに不自然にならないように遠足の季節に話を繋げるかが腕の見せ所と言えよう。
鉄太がどのように組み立てるか考えていると、開斗が話しかけてきた。
「テッたん。オチは〝海〟にツッコませる形にしてくれ」
「ん? 別にええけど……」
考えることしばし。鉄太は大まかな展開と、オチに繋がるキーワード、〝トナカイ〟を開斗に伝えた。
『お題』の縛りがあるのに、さらにオチを指定するなど、無茶だと思われるかもしれないが、決してそんなことはない。ネタ合わせの時間が限られている場合、流れを早く決めてしまった方が悩まずに済む。
仮に、辻褄の合わない話になったとしても大した問題ではない。
『お題』により即興の縛りを掛けることの趣旨は、瞬発的に作ったしょうもない話で、いかに人を笑わせるかである。
求められているのは繰り返し聞いても笑えるような精緻なネタではない。
誰しも、あの時あんなに笑ったのに、話の内容を思い出せない。または、後で思い返してみたらまったく面白い話ではなかったという経験があるだろう。
言うなれば、現在における〈大漫才ロワイヤル〉とは、そのような記憶に残らない泡沫の笑いを追求するコンテストなのである。
お面白い話で人が笑うのは当然なのだ。
大して面白くない話で人を笑わせる。
そこに理があり技がある。
そして、それこそが、〈笑いの方程式〉を用いた話法と、〈笑気〉を用いた技なのである。
なので、鉄太はオチの指定を負担だとは全く思わない。ただ、何のために〝海〟をオチにするのかが気になった。
開斗に尋ねようと思ったその時、鉄太の脳裏によぎるものがあった。
つづきは明日の7時に投稿します。