12-8話 だから、ヌシらがキメるのじゃ
なんだかんだ言いながら、蛇沼たちは〈ぶろーにんぐ〉の二人に対して、彼らなりのエールを送った。
共闘しないとはいえ、単独で強大な相手を倒そうとするその姿勢は、リスペクトに値する。
鉄太は、そんな彼らのやり取りを傍観していた。
ただ、気になって隣の月田を見る。
この男も先ほどから一言も発してない。
普段の彼に似つかわしくない行いだ。月田の顔色は明らかに悪く、呼吸も荒かった。よほど緊張しているのだろう。
無理もない。
当初、順番が回ってこないものと思っていたのが、ここへ来て、その確率が急拡大したのだ。あまつさえ、彼が実力を認めていた〈ウルフ〉ですら、全く歯が立たなかったとあっては尚更だ。
「気分が悪いんやったら、楽屋行こか?」
「いや、大丈夫っすわ」
月田は強がりを見せた。
思い返してみれば、コンビで漫才活動してもいないのに出場の申し込みをしたり、彼の〈大漫才ロワイヤル〉にかける思いは格別なものに違いなかった。
しかし同時に、この大舞台に立つには明らかな実力不足であり、本人もそのことは分かっているはずだ。
鉄太は、万が一自分たちに順番が回ってきた時は、リタイアすることを改めて決意した。
その後、〈空巣〉、〈さいこぱす〉が、次々と担架で運ばれて行った。
満座が静まり返る中、司会者はハイテンションで進行する。
プロのなせる技と言えよう。
そして、やけくそ気味とも思える司会者の呼び込みによって、〈ぶろーにんぐ〉が山門から登場する。彼らは舞台袖に待機する者たちに見せつけるかのように、ゆっくりとした歩調でマイク前に立った。
それから、自己紹介を済ませると、早速、幻一郎に対して、すないぱー山下が銃撃するかのようなポーズをとり、すぽったー谷上が双眼鏡で覗くようなポーズをとる。
「あれが、ヤツらの言う〈笑準〉や。目標に笑気を浴びせて、反射した笑気から狙った相手の笑いのツボが分かるらしいで」
頼んでもいないのに、鉄太の隣にいた、鈴木ナパームが解説する。
現在、舞台袖の奥には〈ストラトフォートレス〉と〈キングバイパー〉と鉄太の五人しかいない。
〈丑三つ時シスターズ〉は、『お題』を受け取ってネタ合わせに入ったし、月田はトイレに行くといって席を外した。
恐らく、下痢なのか、吐いているのか、どちらかだろう。
「ん? どないしたんやろな?」
「さぁ?」
鈴木ナパームや蛇沼たちが、訝しむ声に、鉄太は舞台に意識を戻す。
そこでは、〈ぶろーにんぐ〉の二人が、〈笑準〉のポーズを取ったまま固まっていた。
「ひょっとして、アレちゃうか? ジジイの笑いのツボが見つからんとか」
「んなアホな」
だが、しばらくすると、彼らはヒザから崩れ落ちるように倒れた。
すると、医療スタッフらが、下手の舞台袖から飛び出して来た。そして、ペンライトで二人の瞳孔を確認すると、司会者に向かって高く上げた両手を交差するように何回も振った。
ドクターストップである。
その様子に、舞台袖の鉄太たちはズッコケる。
「口ほどにも無さすぎやで」
「何じゃ、あのカスは!」
「漫才でドクターストップとか初めて見たわ」
彼らは〈ぶろーにんぐ〉をボロカスに罵る。
あれだけ大口を叩いておきながらの、この体たらく。
中でも蛇沼の不満たるや相当なもので、廊下へ出て行って「クソボケがー!!」と叫びながらコンクリの柱を殴りだすほどであった。
さて、〈ぶろーにんぐ〉が、持ち時間のほとんどを残しての途中退場をしたわけであるが、だからといって、すぐさま次の〈丑三つ時シスターズ〉を呼び出すわけにはいかない。
なぜならば、出場者には『お題』に対するネタ合わせ時間が、10分与えられているからである。
10分もネタ合わせ出来るなら、即興とは呼べないとの批判もあるのだが、出演者は若手であってベテランではないのだ。
一応、通し稽古が出来ない時間であるし、なによりテレビ放送に耐えうるクオリティーが必要なのである。
とはいえ、観客にただ7、8分間待ってくれとお願いするのも申し訳なく思ったのだろうか、司会者から突如、臨時休憩が告げられ、併せてA型でRhマイナスの献血のお願いがされた。
このようなコンテスト中に休憩など観客の笑気が冷えるので、普通であれば行われない行為であるが、現状これ以上ないくらい冷え切っているので、問題ないと判断したようだ。
舞台袖の奥では手持無沙汰になったのか、蛇沼が鉄太のそばにきて尋ねる。
「おい、ポンの身代わりのガキはドコ消えたんじゃ?」
「トイレや」
「左様か……。今、ここで言っておくが、ワシらも、削りに回るのじゃ。だから、ヌシらがキメるのじゃ」
つづきは明日の7時に投稿します。