12-7話 キーマンは、憑乃介社長ただ一人
「貴方たち、正気ですか?」
すないぱー山下の問うと、〈ストラトフォートレス〉の二人は断固とした意思で答えた。
「オレらの目的は先輩の敵討ちや。あのジジイに一泡吹かせられるんならそれでええ」
「ぶっちゃけ、それをやったところで、成功するとも限らんやろ。でも、やらんよりはマシや」
信じられないといった調子で、首を振るすないぱー山下だが、鈴木ナパームと小林ボンバーには、この大会の在り方に思うところが大きいようだ。
すると、他にも賛同者も現れる。
〈丑三つ時シスターズ〉のシスター五寸釘が、手を挙げたのだ。
「条件付きでええなら、兄さんらに協力しますわ」
「え? マジでぇ?」
驚く相方のシスター藁人形。
「今から仕切り直しって考えれば、順繰りの若いヤツが前座の役目するんは当然やろ?」
「そうか? まぁ、ゴッスンがやる言うなら、ウチもやるけどな。シシシシシ」
シスター五寸釘の同意は、シスター藁人形には意外だったようだが、特に反対することもなく、相方に追従の意を示した。
「スマンのじゃ。──ところで、条件ちゅうのは何じゃ?」
「優勝した人らは……」
「優勝した人らは?」
言いよどむシスター五寸釘に、蛇沼が重ねて問うと、ややあって、シスター五寸釘は顔を背けながら、ポツリと言う。
「……ウチらとデートせい」
しばしの空白の後に、男性陣からブーイングが巻き起こる。
「うわっ、きっつ」
「なんやそのバツゲーム」
「静かに、静かにするのじゃ。ええじゃろそれくらい。 ──で、もし、逆にヌシらが優勝したら何するんじゃ?」
可能性は著しく低いが、彼女らの前の〈ぶろーにんぐ〉が会場を暖めきれれば、蛇沼の言うように〈丑三つ時シスターズ〉が優勝する見込みもゼロというわけではない。
すると、シスター五寸釘は、出っ歯をむき出しにして、こう答えた。
「アンタら全員と、デートしたるわ」
「地獄か!」
「シネ!」
彼女に一斉にツッコミが入った。
それに、すないぱー山下がクレームを入れる。
「勝手に話を進めないでくれます? 俺たち協力するなんて一言も言ってませんよ」
「ああ、そうか。じゃあ勝手にせい」
この中で〈ぶろーにんぐ〉だけが、東の漫才師である。元々、協力にあまり期待していなかったのか、蛇沼は説得もせず突き放す。
しかし、すないぱー山下は、芝居気たっぷりに言い放った。
「最初っから皆さんは心配する必要なんかないんです。──なぜなら、俺たちが優勝するからです」
「えらい自信やんけ」
「それが出来れば、こんな苦労しとらんわ」
あまりに唐突なその発言に、他の者はあっけに取られて苦笑する。
すると、これまで黙っていたすぽったー谷上が口を開いた。
「いいですか皆さん。今回のキーマンは、憑乃介社長ただ一人です。であるならば、我々が持つ〈笑準〉が、どれほど役に立つか、お分かりになりませんでしょうか? そして、それに組み合わせるのが、〈ありゃまーの最終定理〉です」
彼の言葉を聞いて、笑っていた者はにわかに押し黙った。
〈笑準〉とは、個人の笑いのツボを見極めることができるという彼らが得意とする技である。
それは、ピンポイントで笑気を撃ち込むことができ、狙った相手を確実に笑わせることが出来ると言われる。
多くの相手を笑わせるには不向きだが、対象が少人数であればあるほど効果的な能力と言っていい。
そして、〈ありゃまーの最終定理〉とは、誰しもが、ありゃまーと思う小さな驚きを笑いに変換するという最新の方程式である。
「そう言えば誰か楽屋で、俺たちのこと笑戸テレビがネジ込んだとか言った人がいましたけど、あれ半分当たってますよ。
ただし、実力がないのにコネで入れられたとかじゃなくって、憑乃介社長に対する刺客としてですけどね」
すないぱー山下は、鉄太に向けて銃撃のポーズをしてみせる。その姿には並々ならぬ自信がうかがえた。
実のところ笑戸テレビは、この収録にあたって色々画策をしていた。
去年の〈大漫才ロワイヤル〉は、とてもそのまま放送できる内容ではなかったため、秘密裡に一部取り直しなどを行った。
タイトなスケジュールでの大幅な編集作業は、尋常でなく大変だったため、各部署から怒りが噴出した。
今年は同じ轍を踏まないように、根本的な原因である幻一郎を審査員から外すように努力もした。
刺客の手配もその一つだ。
「まあええわ。お手並み拝見させてもらうのじゃ」
「優勝したらデートしてやるから頑張りや」
「デートと言わず結婚してもらえや」
「それ、死ぬ前触れのやつちゃうか? シシシシシ」
「断っておきますが、俺ら二人とも既婚者ですから」
『ウソやろ!?』
つづきは明日の7時に投稿します。