12-6話 八百長しろって話です?
月田から言われてみれば、遠くから見ても分かるほど〈ウルフ〉の二人は、フラフラしている。
恐らくぶっ倒れる寸前ではないだろうか?
司会者から退場を促された彼らは、生ける屍のように朦朧とした足取りで下手の舞台袖に掃けていく。
途中、転ばないか心配であったが、両名ともなんとか舞台袖までたどり着くと待ち構えていた医療スタッフによって抱きかかえられた。
まるでマラソンランナーのゴール直後みたいだなと鉄太が他人事のように思っていると、『ピン・ポン・パン・ポーン』と、場内放送を予告する上昇チャイムが流れた。
『A型で、Rhマイナスの血液型を持つお客様がいらっしゃいましたら、大至急ロビーまでお越しください。繰り返します……』
「あ、これヤバイヤツちゃうか? 知らんけど」
舞台袖の皆はアナウンスの内容に、大部屋の楽屋を出る前、〈アイアン・メイデン〉の男の方が吐血していた光景を思い出したようだ。
「Rhマイナスとか、ホンマおるんやな。都市伝説やと思っとったわ」
「何千人に一人とかって話やなかったか? この会場のキャパは700やから、おらんのとちゃうか?」
「いや、血液型によってかなり違うらしいですよ。俺が小学生の頃、クラスに一人Rh、マイナスがいましてね、その子に何百人に一人の血液型もあるって話を聞きました」
思わぬトリビアを披露したすないぱー山下に、一同が感心していると、ADがやってきて次の出番である〈空巣〉を舞台セットの裏側へと連れて行った。
「こないな状況でも中断せんとか、アイツら鬼やな。シシシシシ……」
いつの間にかそばにいたシスター藁人形が、鉄太に話しかけてきた。
彼女は、鉄太よりやや低い背丈で、オカッパ頭に下ぶくれの顔をしている。
また、しゃべった後に、歯の隙間から笑い声を漏らすのがクセなのかキャラ作りの産物なのかは知らないが、黒い口紅とか、脇に抱えた藁人形の縫いぐるみとか、とにかく悪趣味の塊に見えた。
からまれると面倒くさそうなので鉄太は愛想笑いだけして舞台を見る。この大会は三年前、鉄太が腕を切られた時でさえ続行したのだ。何をいまさらである。
舞台では司会が呼び込みを行い、山門が派手に明滅し、〈空巣〉が登場した。
しかし、パッと見たところ彼らの笑気ではとても幻一郎に対抗できそうにない。あの二人も他の者たちと同じ末路をたどると思われた。
「おいこら、タテ、オカッパ。こっちへ来るのじゃ」
呼びかけに鉄太が後ろを振り返ると、蛇沼の周りに残りの漫才師たちが集まっていた。
何やら作戦会議でも始めるらしい。
「ヌシらどうすんのじゃ。このままじゃ全員病院送りじゃ」
蛇沼は集まった者たちに語り掛ける。
ネタ合わせに入った〈さいこぱす〉を除いて残る漫才師は五組。〈ぶろーにんぐ〉、〈丑三つ時シスターズ〉、〈ストラトフォートレス〉、〈キングバイパー〉、〈満開ボーイズ〉である。
「誰か審査員席に行って、あのジジイの頭、横から思いっきりド突いてきたらええんちゃうか? シシシシシ……」
「なるほど。そりゃ盲点だったわ」
「問題は誰が行くかやな」
「ジャンケンで決める?」
シスター藁人形が外道な解決案を示すと〈ストラトフォートレス〉の二人が食いついた。
だが、そんな彼らを蛇沼が諭す。
「あほう。ヌシら漫才師失格じゃ。──確かに社長がやっとることは理不尽なのじゃ。じゃが、ワシらが今、挑戦しとるんは、わずか10分で1000万円獲るか獲らんかの賞レースじゃ。無茶苦茶で当然じゃろ」
「ま、一理ありますけども、それ言うたら全力尽くす以外に方法ないやないですか。今までの連中と一緒や」
「いや、そこでじゃ、──次から出場する者は、なるべく手前の客を笑わかせて、後の者につなぐんじゃ。そしたら、万が一が起きるかもしれんのじゃ」
要するに蛇沼の言わんとすることは、今までの出場者のように客席全体を覆う幻一郎の笑気に真っ向から勝負するのではなく、客席の一部に集中して笑気を放ち、客の笑気を活性化して段階的に相手の力を削ろうということである。
個々が優勝を狙いに行く賞レース漫才ではなく、全員が協力して作り上げる舞台漫才をしようと提案しているのだ。
確かに、誰一人笑わせまいとしている幻一郎は、常に会場全体を自らの笑気で包まなければならないため、こちらが、局所に笑気を集中させても、それに対応することは難しいに違いない。だがそれはそれで別の問題が浮上することになる。
指摘したのは、すないぱー山下だ。
「それ、もしかして、俺らに捨て石になれってことです? それとも、優勝賞金を分けるから八百長しろって話です?」
「そうは言うとらんのじゃ……」
蛇沼は歯切れ悪い返事をする。
仮に、その提案に勝算があったとしても、蛇沼の出番が後ろである以上、自身への利益誘導と取られるのは仕方のないことである。『俺が1000万円貰えるように取り計らってくれ。ただし、分け前はやらん』などど言われて、承知する人間はまずいないだろう。
が、しかし、損得以外の理由があれば話は別である。
「その話、乗ったりますわ」
「右に同じくや」
応じたのは、〈ストラトフォートレス〉の鈴木ナパームと小林ボンバーである。
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つづきは明日の7時に投稿します。