12-5話 アイツらヤバくないっすか?
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
心咲為橋劇場の舞台は、走れば楽屋から一分も掛からない距離にある。
鉄太たちが〈空巣〉と共に上手の舞台袖に到着すると、意外にも〈丑三つ時シスターズ〉がそこにいた。
彼女らは、二人とも白い着物を着ており、黒髪ロングに丸メガネの方がシスター五寸釘で、背が低く藁人形のぬいぐるみを抱いているのがシスター藁人形である。
「何じゃ。姿が見えん思うたら、ここにおったんか。 ──ヌシら、こーなること知っとったんじゃな?」
「当たり前や。逆に兄さんらが知らんかったことにビックリですわ」
「ま、今さら知ったところで、どーなるもんでもないけどな。シシシシシ……」
蛇沼が小声で問うと、シスター五寸釘とシスター藁人形は、同じく小声で小バカにするように嗤う。
すでに〈ウルフ〉の漫才は始まっているし、ここでの会話は客席に聞こえないように小声でするのが鉄則だ。
とはいえ、それでも迷惑と感じる者はいる。
「ちょっと、ちょっと、何なのアンタたち? 今そこで、ネタ合わせやってる人がいるんだよ。楽屋に戻って、戻って」
ピンクのカーディガンを腰に巻いたディレクターが、大きな声を出さない代わりに、ジェスチャーで帰れとばかりに台本を振るいながら近づいてきた。
〈空巣〉には『お題』が渡され、彼らはそれをどのようにネタに反映させるかという〝ネタ合わせ〟に入った所なのだ。
舞台袖は大人数が待機すること前提で作られているため、相当な広さがあるのだが、〈丑三つ時シスターズ〉だけならまだしも、残りの出場者全員が大挙して訪れれば、気が散ると考えるのも当然といえた。
何のために大部屋にクソ高いモニターを設置したのかという話だ。
「スマン。ちょっと客席見るだけじゃ」
「後から編集で笑い声を足すとか結構金掛かるやろ? 何とかしたいって思ってへんか?」
蛇沼と鈴木ナパームがディレクターの説得を試み、錦が他の者たちをなるべく舞台袖の奥に移動させる。
幸いにも彼らは説得に成功した。
そして蛇沼が舞台袖の隙間から客席を見に行ったのだが、すぐに奥に戻って来ると舌を出して低く唸った。
「エグいのじゃ。枯れとるなんてもんじゃないのじゃ」
「マジか?」
枯れるというのは、会場が冷え切っており、客が笑う状態でないことを示す隠語である。
他の九人も代わる代わる舞台袖の隙間から客席を覗く。
順番の最後に鉄太も覗かせてもらったが、そこで目にしたものは客席全体を覆い尽くすドス黒い笑気であった。
間違いない。
これは幻一郎の陰の笑気で、それにより客の笑いを操っているということが鉄太にも分かった。
そしてあの痩せた躰でこのような大量の笑気を放つのは自殺行為だと思い心配した。
ただ、そのように幻一郎の身を案じているのは、おそらく鉄太一人だろう。
少なくともこの場においては、彼の不条理な行いに憤りを感じている者ばかりだ。
「何だよ、あの尋常じゃない笑気は? アンタんトコの社長は化け物か?」
「あのジジイは妖怪や。ガキん頃、両親笑い殺した話知らんのか?」
「岩をも砕く亞院先生のツッコミ受けてたんは、伊達やないってことか」
「イロモノばっかと思ったらこういうことかよ」
「こうなると知ってりゃ、普通はエントリーせんわな」
「静かにするのじゃ」
騒々しくなり始めた者たちに対して、蛇沼が注意をして指をさした。
舞台上では〈ウルフ〉が奮闘を続けていた。
彼らは、〈マッタク=デスナーの定理〉を基に、あるあるネタのシンクロナイズ漫才を行っているのだが、依然として陰の笑気でコントロールされた観客は、誰一人として笑わない。
狩山次狼は苦し紛れに、必殺技の〈浪花狼転念〉を観客に向かって放つが、それも不発に終わる。
誰も笑っていないのだ。
〈浪花狼転念〉は、笑っている客に使ってこそ効果が望める技なので、今の状態で用いたのは完全な悪手だった。
結局、彼らはそのまま燃え尽き、持ち時間を終える。
司会者が講評を求めると、幻一郎が一言だけ述べた。
「子守歌や思うて、あやうく寝てまうとこやったわ」
すると、会場が爆笑に包まれた。
「うわっ……えげつな……場の笑気を完全に支配しとるわ」
「アイツらの渾身の漫才より、あのジジイの一言がウケるとか、どないなっとんのや?」
「僕、ゲロ吐きそうなんだけど」
それぞれが絶望にも似た所感を口にし、お題が入った封筒を受け取った〈さいこぱす〉は、えずき始めた。
そんな不安と緊張が渦巻く中、月田が狩山兄弟の様子を鉄太に知らせてきた。
「先輩、アイツらヤバくないっすか?」
つづきは明日の7時に投稿します。