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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十二章 開幕
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12-4話 楽屋はさながら野戦病院

 マイク前に登場した〈アイアン・メイデン〉の二人は最初から顔面蒼白(がんめんそうはく)であった。


 舞台袖(ぶたいそで)から客席の様子を目の当たりにしたからに違いない。


「ヌシらこうなること、分かったったやろ。どういうことなのじゃ。説明せい」


 蛇沼が鈴木ナパームに()め寄った。


 皆の視線が集まる中、彼はとぼけるように返事する。


「ククク……。別に去年(、、)(おんな)じやがな。(なん)も変わっとらんで」

「ウソや! 去年、〈大漫〉見たけど、客席、(わろ)うとったわ!」

「そうだ。俺も見たけど、ぜんぜん違うぞ」


 月田の反論に、笑戸(えど)の者からも同調する声がいくつか上がる。


 だが、鈴木ナパームは薄笑いを浮かべたまま衝撃(しょうげき)の事実を伝える。


「それ、テレビやろ? ()うとくけど、アレ、編集で笑い声足しとるし、客席の()は一昨年以前のヤツの継ぎはぎや。なにより、ホンマは去年、誰も満点取れんかったんや」


「おい、マジかそれ!?」


 モニター前は騒然(そうぜん)とする。


 この時代、SNSがないため観覧者から情報はほとんど拡散しない。


 鈴木ナパームの話によると、去年の〈大漫才ロワイヤル〉では終始会場に一切の笑い声はなく、出場中9組が病院送りとなり1組が逃亡したとのことである。


 そしてテレビ局の都合で9組目が優勝したことにさせられ、後日その部分だけ取り直しを行ったそうである。


〝満点が出なかったら優勝者なし〟とのルールがあるのだから、あえて優勝者を作る必要もないような気もするが、この時代のテレビは演出という名の「ヤラセ」が当たり前であった。視聴率1パーセントの違いで億の金が動くのだ。


 少しでも番組が盛り上がるようにしたいと思うのはテレビ局全員の願いといえよう。


「去年出た先輩から直接聞いたんや。間違いない。──出場者は誰も客を笑わせられへんかったんや! ほんで、ほんで……」


 鈴木ナパームの表情は、それまでの薄笑いから一転して憎しみへと変貌(へんぼう)し、言葉を()まらせる。


 そして、その後を小林ボンバーが継いで話す。


「ほんで、その元凶が、あのジジイや。アイツが笑気で客の笑いを操っとんのや。おかげでオレたちの先輩は、舞台に立てんようになってもうたんや」


 どうやら彼らの先輩というのが優勝したことにさせられた去年の9組目のコンビであり、それが原因で精神のバランスを保てなくなり、廃人(はいじん)のような状態になってしまったらしい。


「ウソや……」


 鉄太は、否定したかったが、幻一郎が合格通知をアパートに持ってきた時に言った言葉を唐突に思い出した。


『漫才続けたいんなら決勝戦は辞退せい』


 あの言葉意味は、このことを示していたのではないだろうか?


『お前らにワシを笑わせられるか?』


 そう問うた幻一郎と、渦巻(うずま)く黒い笑気。


『とにかくワシは笑林寺を畳ませる。これはワシのケジメや』


 墓地で苦悶(くもん)するように天を(あお)いだ幻一郎。


 あの時、彼は笑林寺の生徒がテレビ局にボロクズのように使い潰される現状に憤っていたが、だとしたら彼自身のせいで舞台に立てなくなった者たちがいることをどう思っているのだろうか。



 やがて、〈アイアン・メイデン〉の二人も〈ピンポン・ダッシュ〉と同じように、怒号(どごう)を伴いつつ、担架で楽屋に運ばれて来た。


「吐血が止まらんで! 急性胃潰瘍(いかいよう)ちゃうか?」


「輸血や輸血! 血液型何や?」

「AのRhマイナスやて!」


「マママ、マイナスて~~!? そんなん持ってきてへんぞ!」


「何でや? 出場者の血液型調べてへんかったんかい! このアホンダラが! さっさと病院へ搬送(はんそう)せい!」


「アカーン! 今、外、大雪やでー!」

「「「「何やて────っ!」」」」


 楽屋はさながら野戦病院の様相を(てい)し、医療班は観客のためではなく演者のための配備だったことを思い知った鉄太たちは声もなくそれ見守る。


 そこへ、空気を読まないような大きな声でADからの呼び出しがかかる。


「〈空巣〉のお二人は、舞台袖(ぶたいそで)に行ってくださ~~い!」


「うわっ……マジか……」

「チョー行きたくねー」


 全身黒タイツの姿のコンビは、両手を腰に当てつつ(うつむ)いて(つぶや)くと、引きずるような足取りで楽屋の出入り口に向かった。


 それはそうだろう。すぐそこで繰り広げられている阿鼻叫喚(あびきょうかん)の光景を見れば、公開処刑(こうかいしょけい)されに行くようなものである。


 しかし、そんな連行される彼らに付いていくように、もう一つの影が動く。


「兄者、どこへ行くんじゃ? 出番はまだじゃ」

「ここにおっても分からんのじゃ。直接見に行くのじゃ」


 蛇沼は、舞台袖(ぶたいそで)から客席の様子を直接見に行くらしい。すると、その言葉に弾かれたように他の漫才師たちも次々と後に続こうとする。


 ところが呼び出し案内のADは、〈空巣〉以外の者たちを外へ出さないように立ち(ふさ)がった。


「他の出場者の方は、ここで待機していて下さ~~い!」


「ちょっと客席を(のぞ)くだけじゃ」

「ダメで~~す!」


「じゃあ、一人だけならええじゃろ?」

「いけませ~~ん!」


「もうええ、そこを退くのじゃ!」


 押し問答に(ごう)()やした蛇沼は、あくまで行く手を(さえぎ)ろうとするADに向かって、諸手(もろて)を大蛇の(あぎと)のように突き出す〈オロチツッコミ〉を食らわせ、廊下の壁に叩きつけた。


 そして、先に出た〈空巣〉を追うように、鉄太を含めた全員が舞台袖(ぶたいそで)に向かった。

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。

つづきは来年1月4日の月曜7時に投稿します。

次回12-5話 「アイツらヤバくないっすか?」


少し間が空きますがお待ちください。

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