12-3話 電気ショックや服脱がせ
司会者は高らかに、トップバッターのコンビ名を告げる。
すると会場の照明が暗くなり、舞台中央の門の電飾が一斉に明滅し、『笑』と印された山門のトビラに、ピンスポットが当たる。
そして、銅鑼の音を合図に門のトビラが開かれ、ピンポン・ダッシュ〉の二人が登場した。
半ズボンに野球帽がドレードマークの彼らは、山門から延びる細い通路を経て舞台前方の円形ステージに駆け寄ると、まず自己紹介ギャクを行った。
それは、「ピンポーン」との掛け声で、両者、人差し指を立てた右手を前に出し、続いて「ダッシュ!」との掛け声で、非常口のピクトグラムのようなポーズを、顔は正面を向いたまま、体をひねって左方向に行うというものである。
〈ピンポン・ダッシュ〉に与えられたお題は『電車』だ。難易度としては低めと言える。
とはいえ一番の組は著しく不利である。
なぜならば客席に笑気が満ちていないので、どうしても爆笑は取りにくくなる。
特に〈大漫才ロワイヤル〉においては満点が出た時点で閉幕となるので、一番目の組で優勝ともなれば、求められるのはボクシングの一ラウンドKOのような誰もが納得する鮮やかな勝利である。
経験値の浅い新人では絶望的と言えるだろう。
さりとて有利な点は少なからずある。まず、ネタ被りを気にする必要がないという点と、必ず出番が来る点である。
まず出番の訪れることがない最後の組に比べれば断然マシと言えた。
それに年少者であればあるほど次年度以降の経験として割り切ることも可能だ。
事実、過去一番目の組で出場したコンビが再出場を果たして優勝した例はあるのだ。
さて、自己紹介ギャクを終えた〈ピンポン・ダッシュ〉は、どんな物にも笑いのネタはあるという〈万有笑力の法則〉を基に軽妙なトークを繰り広げ、得点を示す電光掲示板も徐々にその数字を上げる。
〈万有笑力の法則〉は主に物ボケで用いられる式であるが、当然舞台に物は用意されていない。しかし、物がないという縛りを逆手にとって、彼らは現実では到底用意できない物を演技で表現していった。
モニターを見守るライバルたちも爆笑こそしないものの鼻から笑いが漏れる。
だが、開始一分もたたないうちに鉄太は違和感を覚えた。
それは他の者も同じであったようでモニター前はザワつきはじめる。
「……これ、客席、笑ってへんのとちゃうか?」
最初に指摘したのは狩山太狼だった。
全員が、息を殺して客席の音を拾おうとした。モニターの映像はテレビ放送ではないので客席の映像にスイッチしないのだ。
ところが、どんなに耳を澄ましてみても彼の言う通り笑い声は一切聞こえない。
「ウソやろ……」
モニター内で漫才をしている二人の顔が見る見る青ざめていくのが分かった。
鉄太の左斜め前に座っていた鈴木ナパームが顔だけ振り向けてニヤリと嗤った。
「ククク……。はげ山の一夜の始まりやで」
〈ピンポン・ダッシュ〉の漫才が終わると拍手の音が聞こえた。客席に人がいないワケではないのだ。
電光掲示板の最終表示は七十四点。
会場で誰も笑っていない割には高い点数かもしれない。しかし、満身創痍の足取りで下手へ掃ける彼らの耳に、憑乃介からの講評は届いていたのだろうか?
この異様な状況に、モニター前の空間も呼吸音しか聞こえてこないような沈黙であった。
そこへ、やたらテンションの高いADから呼び出しがかかる。
「〈ウルフ〉のお二人は、舞台袖に行ってくださ~~い!」
鉄太が隣の方を見ると、狩山兄弟は額に脂汗を浮かべてモニターを凝視している。
「おい、呼んでんで」
「お、おう」
狩山太狼は月田に肩を突かれて我に返ったように返事をする。
だが、ADと共に楽屋出入り口から出て行く彼らに、先ほどまでの笑気の昂りは感じられなかった。
そして〈ウルフ〉が楽屋から出てすぐ、廊下より大勢の慌ただしく足音と怒号が聞こえてきた。
〈ピンポン・ダッシュ〉の二人が担架に乗せられて楽屋に戻ってきたのだ。
鉄太は彼らに舞台の状況を聞いてみよう思っていたが、とてもそんなことが出来る状況ではない。
「呼吸、低下しとるで!」
「酸素吸入、急がんかい!」
「脈拍、止まりよったわ!」
「電気ショックや! 服脱がせ!」
怒鳴り声と共に、二つの担架はそのまま楽屋の後ろの医療班の元へ直行する。
なお、運ぶのに車輪のついたストレッチャーを使わないのは、劇場内がバリアフリーになっていない上に、同軸ケーブルや電源ケーブルが床に這わされており障害物となっているからである。
そもそも心咲為橋劇場は古いので電気周りの余力はそれほど大きくない。
今回導入された山門のセットのド派手な電飾は莫大な電力を消費するので、一系統の電源だけではとても賄いきれず、外に停められた電源車から何本もケーブルを引っ張ってきて不足分を補っているのだ。
笑戸テレビが収録場所を変えたいと思うことは、むしろ当然の話といえた。
さて、悲鳴やら絶叫やらが飛び交う大部屋であったが、モニターからは、次の挑戦者を告げる声がした。
〈アイアン・メイデン〉である。
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つづきは明日の7時に投稿します。