12-2話 大咲花の笑い聖地、心咲為橋
オープニングテーマ、ドボルザークの『新世界より第四楽章』が響き渡る中、第十回〈大漫才ロワイヤル〉が開幕した。この時期には珍しい大雪にも関わらず、客席はほぼ埋まっており、このイベントの人気の高さをうかがわせた。
トランペットとホルンがメインの第一主題が終わると、音量は急激に小さくなり、司会者とアシスタントが、舞台中央の奥に設えられた山門のトビラより登場する。
先にも説明したが、この山門を模したセットは笑戸テレビによって今年から始まった演出である。
絵的に派手になるように暖色系の極彩色と、おびただしい電飾で装われている。
また、観音開きをする金色の戸には赤色で『笑』と大きく書かれており、その上には、額のように電光掲示板が備えられている。
さて、登場した司会者とアシスタントは自己紹介を簡潔に済ませる。
そして、オープニングトークでアシスタントの楽曲の説明に対して、司会者が「ここは新世界やのうて心咲為橋やがな」というギャクで場内を軽く沸かせる。
分からない人のために説明すると、心咲為橋より少し南に行ったところに新世界という場所があるのだ。通天閣がある所と言えば、お分かりになる方も多いだろう。要するに地名に引っ掛けた駄洒落である。
「あの人、今年も同じこと言うてはるな、タロやん」
モニターに写された会場の様子を見ながら〈ウルフ〉の狩山次狼が苦笑する。彼らは双子なので兄弟としての上下意識が薄く、互いを「タロやん」「ジロやん」と呼ぶ。
「司会者が目立ってもしゃーないやろ。主役はオレらや。──そんなことより、笑戸テレビの連中もずいぶんナメたことしくさる」
次狼をたしなめた太狼は、モニターの奥を指さす。
「リハでは気ぃ付かへんかったけど、見てみいジロやん。門の戸に『笑』と書いてあるやろ? つまりは笑戸や。大咲花のお笑いの聖地、心咲為橋劇場にあんなんおっ建てるとか、オレらをコケにしとるんや」
「ハハハハハ。それイチャモンや。家康もビックリの屁理屈ちゃうか?」
豊臣家滅亡の引き金となった方広寺の鐘銘事件になぞらえて揶揄する次狼に、太狼が眦を吊り上げる。
「来年の〈大漫〉は笑戸でやるっちゅう噂を、ジロやんも聞いとるやろ。そんでも笑ってられるんか!」
心に咲いを為すと書いて心咲為橋である。
今から数百年前、大坂夏の陣で東軍に焼け野原にされたこの地に、芝居小屋が建てられたことが大咲花のお笑い文化の始まりと言われている。
より新しく大きな劇場が、すぐ近くの梅田や難波にあるにも関わらず、あえて心咲為橋で〈大漫才ロワイヤル〉を催すには意味があるのだ。
だがそれは、よそ者には理解しにくい感傷でもある。
「そんなに笑戸が嫌いなら、笑戸テレビのスポンサーを断ればいいんじゃないですか?」
「なんやとワレ!」
茶々を入れた、すないぱー山下と狩山兄の間に一触即発の空気が流れる。
「テレビの音が聞こえんのじゃ。ケンカするなら外に行くのじゃ」
「兄さんは悔しゅうないんですか?」
蛇沼が注意をすると太狼は蛇沼に食って掛かった。だが、蛇沼は軽くいなす。
「あれを開き戸と思うから、笑戸に読めるのじゃ。扉と思えば、笑戸に非ずじゃ。目くじら立てることもないのじゃ」
「ぐっ」
論破された太狼に、すないぱー山下はこれ見よがしに嘲笑を浮かべる。
しかし、太狼が口を開く前に蛇沼がダメ押しをした。
「ヌシら漫才師じゃろ? 勝負は楽屋やのうて板の上で付けるのじゃ」
モニターの中で司会者は、以下のルールを説明を始めた。
一つ、十組の出場者が、それぞれに与えられる『お題』を含めた漫才を行いう。
一つ、ネタ合わせに10分の時間が認められている。
一つ、漫才の持ち時間は10分である。
一つ、審査員は〈ぬらり亭憑乃介〉社長1名。
一つ、審査員は、漫才が始まってから加点を行うことができる。
一つ、審査員の持ち点は100点であり、手元のボタンを押す度に、山門の額の部分の電光掲示板に加点される。
一つ、100点満点が出た時点で、その組が優勝となる。たとえ1番目の組が満点を出しても、その時点で〈大漫才ロワイヤル〉は終了する。
一つ、誰も満点に達しなかった場合、優勝者は無しとする。
ルール説明が終わると、次に審査員の紹介に入る。
会場の中央の禍々しい椅子に座る審査員はただ一人。彼の裁定には誰も異議を唱えられない。笑いの絶対的支配者、笑林興業社長、ぬらり亭憑乃介であった。
「うわっ。相変わらずスゴい迫力っすね。校長は」
月田はモニターに映った幻一郎を見て唸った。
彼にとっての幻一郎は、笑林寺時代の校長で、また、最も尊敬するツッコミ師、亞院鷲太の相方であり、畏敬すべき存在なのだ。
しかし、鉄太にとってはボケの師匠であり、もう一人の父親と呼べる存在であった。そんな彼から見た幻一郎は、なにやら悲壮めいているように思えた。
また、その表情は、合格通知をアパートに持ってきた時と酷似していた。
そういえば、あの時、幻一郎は何と言っていたのだろうか?
思い出そうとするが思い出せない。
そうこうするうちに、一番手〈ピンポン・ダッシュ〉に対する『お題』が、電光掲示板により観客に対して発表された。
鉄太は取り敢えず、それについて考えるのを止めモニターに集中した。
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続きは明日の7時に投稿します。