1-4話 借金のアレおかしない?
金島の提案に鉄太はフリーズする。
足を? へし折る?
誰の?
もしかして裏社会におけるケジメ案件の片棒を担がされるのだろうか?
「安心せい。へし折られるのは己の足の方じゃけぇ。ある医療機関の依頼で、笑気を張った人間の骨がどの程度の衝撃で折れるのか実験したいんじゃと。あと、骨折の治り具合の経過観察とか、痛み止めの新薬の実験とかもセットになっとる。至れり尽くせりじゃのう」
安心できない話のオンパレードに血の気が引く鉄太。
金島は嬉々として話を続ける。
「骨の折り方はの、ハンマーの柄の方を吊り下げて、ブランコみたいに脛の部分に叩きつけるんじゃ。折れんかったらハンマーをどんどん重いヤツに取り換えて折れるまでやる」
ほとんど拷問だった。
いや、拷問の方は相手の要求を飲めば終わるので、拷問よりヒドイと言えるかもしれない。
「す、すんまへん。もういいです。そんなんじゃなくて、前やったヤツとかおまへんか?」
さらに話を続けようとする金島の話を鉄太は強引に止めた。
海の家のバイトはハードルが高かったが、以前にやったことがある看板持つだけのバイトとか、あやしい荷物を運ぶだけのバイトなど、片腕の鉄太でもかろうじてできる仕事はあるのだ。
しかし金島からは否定的な言葉が伝えられる。
「悪いのぉ。今、それやってないんじゃ」
「……なら、もう少しここで働かせてくれまへんか?」
足はへし折られたくないし、かといって再び漫才をする踏ん切りもつかない以上、選ぶとしたら海の家以外にない。
だが、金島は現状維持も許さなかった。
「あんまり売り上げが少のうて、ここのオーナーからクレームがきとる。ワシとしても最低限、経費と利息分は稼いでもらわんと話にならんしのう」
焼きそばというのは仕込みも少なくて調理も簡単。さらに原価率も下げようと思えばかなり下げられる優れた商品である。
海水浴客が押し寄せる海の家では少々マズくてお高くても売れるはずなのにこの惨状。
人員を手配した金島の面目は丸つぶれであろう。
「これにサインして拇印せい」
金島は『足をへし折るヤツ』の契約書を突き付けてきた。
鉄太の進退は窮まった。
そのとき、耳元で開斗がささやいてきた。
「テッたん。客の顔をみるのが怖いんなら、サングラスしたまま漫才してもええんやで」
結局、鉄太は漫才を選んだ。というか選ばされた。
金島たちは帰った。
ただし、利息の支払いが滞るようなら二人とも足をへし折ると釘を刺された。
行くも地獄、引くも地獄である。
二人でまた漫才ができることに開斗は上機嫌らしいが鉄太は不安しかない。
「なぁ、カイちゃん。事務所に何んて言う? ワテ、黙って飛び出したから怒ってはるかもしれへん」
「何のん気なこと言うてんねん。そんなん、とっくにクビになっとるわ」
「やっぱりかぁ……」
「安心せい。ワイも辞めとる」
「えぇ!? じゃあこれから、どないすんの?」
「ま、何とかなるやろ。アテは無いけどな」
「そんな、無茶苦茶な……」
先ほど彼らが口に出した事務所とは、笑林興業というお笑い界最大手の事務所である。
職業漫才では、事務所が取って来た仕事を割り当ててもらうのが普通である。
ただ、個人で仕事が取れないというワケでもないので、鉄太はその件はひとまず考えないことにした。
それよりも、どうしても納得いかないことがあった。
「なぁ、カイちゃん。借金のアレおかしない?」
「アレってなんや?」
「アレはアレや。カイちゃんの借金とワテの借金を一緒にしたことや。なんでワテがカイちゃんの借金まで払わなアカンのや」
鉄太の借金が400万円、開斗の借金が600万円、足して1000万円。これを折半すれば500万円で、鉄太にしたら借金が100万円増えたことになる。
理不尽この上ない。
鉄太はバカであっても、お人よしではないのだ。
「そら考え違いや。ええか、この借金は漫才で稼いだ金で返済するねん。だったら、ワイとテッたんのギャラの比率は6:4やから、ちょうどピッタリなんや」
「え!? 何それ。もっぺん言うて。よう聞こえんかたわ」
鉄太は驚いた。
ギャラが6:4とか初耳だった。
「当然やろ。漫才はボケ役のがオイシイんや。だから漫才コンビはツッコミのがギャラがええのが普通やねん」
「……それ、ホンマ?」
開斗の言い分に釈然としない鉄太。
なぜなら漫才のネタは鉄太が作っていたのだ。
しかし、事務所を辞めている今、他に確認する相手がいない。
鉄太が黙していると、ギャラの件を了解したと解釈したのだろう。開斗は店の冷蔵庫から勝手にビールを持ち出してきて2つのグラスに注いだ。
「ほなら、〈ほーきんぐ〉の再始動祝いや。カンパーイ」
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つづきは明日の7時に投稿します。
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