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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十二章 開幕
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12-1話 残念ながらタイムアップ

 本番まであと数分。


 鉄太と月田は、ミーティングに使っていた大部屋の楽屋に行く。特別に設置されたモニターで舞台を見るためだ。


 大部屋には、出場者の大半が集まっていた。


 ただ、一番手の〈ピンポン・ダッシュ〉と、二番手の〈アイアン・メイデン〉はすでに舞台袖でスタンバイしており、ここには来られない。その他、理由は不明だが〈丑三つ時シスターズ〉の二人は未だ現れていない。


 それは()(かく)として、何故このように、他の組の漫才が見られるようにしたのかといえば、ネタ(かぶ)り防止のためである。


 なにしろ、『お題』を含めた即興漫才で、10分のネタを構築しなければならないのだ。ある程度テンプレートに頼らざるえず、天候、時候、時事などの小ネタが被りやすいのだ。


 ちなみに、生放送ではないので、映像を電波で受信することはできない。


 モニターに繋がれた同軸(どうじく)ケーブルは床を()い、開け放たれた出入り口のドアから、調整室まで伸びている。


 移動の際にうっかりつまずかないよう注意が必要である。


 もう一つ補足すると、この時代、薄型テレビは存在しないしワイド画面ですらない。なので、頑丈そうな台の上に置かれているのは、画面比率4:3のブラウン管モニターである。


 笑戸(えど)テレビが持ち込んできたそれは、28型、奥行60cm、重量40kg、価格は30万円と、テレビの中では最高級に位置する品だ。


 裕福とはいえない若手漫才師たちからすれば垂涎(すいぜん)の的なのであろう。並べられたイスに座る者は少なくテレビの周りに多くの者が集まり、触ったり持ち上げようとしたりしている。


 優勝して賞金1000万円を手に入れれば、夢を買うことができるのだ。


 彼らの口からは、家のドコに置こうか、いや置く場所がないから引っ越しが先など、皮算用的な話も出てくる。


 しかし、鉄太はそんな連中に加わって高級テレビの鑑賞会に加わることはなかった。


 仮に優勝したところで、借金の返済で消える金である。


 それよりも、部屋の半分から後ろの方で、ストレッチャーと呼ばれる車輪付きの移動ベットを何台も設置し始めた白衣の者たちが気になった。


 今年より、医療班が配備されたとのことらしいが、十数名からなるスタッフは、いくらなんでも大げさすぎではないだろうか?


 鉄太の疑問に月田は、客が笑いすぎで失神したときのためではないかと推測した。


 確かに、鉄太の父と幻一郎のコンビ〈のーべるず〉は、観客や視聴者を呼吸困難で何人も病院送りにしたことはあった。


 ただ、そんなことが出来るのは達人クラスの漫才師のみだ。


 三年前、万全であった鉄太らも辿(たど)り着けていない境地である。


 もしこの大会で、観客を失神させることが出来ると思われている漫才師がいるならば、優勝は間違いなくその者たちだ。自分たちに出番は回ってくることはないだろうと、鉄太はぼんやり考えた。


「よかったじゃないですか。今度は、ドコを切られてもすぐ手当してもらえそうですよ」


 突如(とつじょ)、耳元で話しかけられた。


 鉄太は驚いて振り返ると、漫才師とは思われぬ出で立ちをした茶髪と金髪の二人組がいた。


「〈ぶろーにんぐ〉の、すないぱー山下です」

「同じく、すぽったー谷上です」


 自己紹介をした彼らをよく見ると、革ジャンにTシャツ、ジーンズにスニーカーというスタイリッシュさで、顔の作りはお世辞にも二枚目とは言えないのに、なんだかカッコよく見えた。


 鉄太は東の漫才師のファッションセンスに感心をしつつ、あいさつで応じようとしたが、その前に月田が彼らに()みついた。


「コラ。オマエら、さっき何んて言うたんや? ケンカ売っとんのかボケ」


 しかし、月田にメンチを切られても二人は全く動じなかった。


「おや、いいんです? 騒ぎになると困るのは貴方(あなた)の方じゃないんですか?」


 すないぱー山下は、そう言うと右手をピストルのようにして、その人差し指で月田の心臓辺りを突く。


 彼は月田が霧崎の身代わりになっていることを知っていて、暗に(おど)しているのだろう。


 茶髪の男はさらに続ける。


「それにしても、うらやましいですね。〈大漫〉に二度目の出場なんて。 ──そういえば、立岩さんって、審査員の憑乃介社長にスゴく可愛がられてるって聞きましたけど、実際どうなんです?」


 野卑(やひ)な笑いを浮かべるその顔からは、鉄太が贔屓(ひいき)以上の何かで出場しているのではないかとのニュアンスがうかがえる。


 これには、鉄太も気分を悪くした。


 しかし、何もすることはできない。彼の人生でこのような事態に遭遇(そうぐう)したときは、開斗が処理してきたので、悪意に対処する術が身についていないのだ。


 そして、その開斗は未だここに現れない。


「あらら、ダンマリってことは、もしかして、ホントにそーゆー関係とかだったりします?」


 さらなる挑発をする山下だが、そこへ横槍が付けられる。


「オマエらこそ笑戸(えど)テレビのコネで、ネジ込まれたんと違うんかい!」


「イてまうど! ンダラボケが!」


〈ウルフ〉の狩山兄弟である。


 そればかりか、〈ストラトフォートレス〉の二人や、〈キングバイパー〉の蛇沼と錦も集まってきた。


「ずいぶんイキっとる東のモンやなあ」


「関西ナメとったら承知せんのじゃ」


「おっと、なんか風向きが悪くなりましたね。これにて失礼しますね」


 この部屋にいる全ての関西勢が集まってくるのに対して、関東勢の〈空巣〉と〈さいこぱす〉からは、誰も来ようとはしない。


 形勢不利を悟った〈ぶろーにんぐ〉の二人は素早く撤退した。


「礼は言わんぞ」

「言えやボケ」


「ありがとうな。みんな」


 もめ事を嫌う鉄太は、月田と狩山兄弟が始めた応酬(おうしゅう)に、割って入り礼を述べる。


 だが、本番直前で気が(たかぶ)っている彼らから一斉に説教される。


「しっかりして下さい。東の連中にナメられとるやないですか」


「ホンマっすわ。一言くらい言い返して下さい」


「そこに医者がおるんやから、シバき合っても、すぐ直してもらえますやん」


「…………」


 鉄太らの、やり取りを見て、〈ストラトフォートレス〉の鈴木ナパームと小林ボンバーが、(ふく)み笑いを()らす。


「ククク……。別にシバき合わんでも、すぐに医者の世話になるっちゅーのにな」


「まったくや」


 そんな彼らの(つぶや)きを、蛇沼が耳ざとく聞きつけ問いただす。


「何んじゃヌシら。楽屋前でも思わせぶりな態度しおってからに。知っとることがあるんなら、さっさと言うのじゃ」


 しかし、鈴木ナパームは、おどけた調子で肩をすくめる。


「ククク……。残念ながらタイムアップですわ」


「兄者。もう、始まるのじゃ」


 錦が蛇沼に呼びかけた直後、モニターのスピーカーから交響曲が流れ始めた。


つづきは来週月曜の7時に投稿します。

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