表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十一章 リハーサル
38/228

11-3話 さっきの謝罪、返してや

〈ストラトフォートレス〉が楽屋に帰っていくと、〈ウルフ〉の双子も月田に対して捨て台詞を吐き、そそくさと尻尾を巻くように引き上げて行った。


 あとに残された形となったのは、〈満開ボーイズ〉と〈キングバイパー〉の両コンビである。


 取りあえず鉄太は、蛇沼に礼を述べた。


「ありがとうな。かばってくれて」


「はぁ? 何勘違いしとるのじゃ。かばったんちゃうわ。──そんなことより、ポンのヤツは来るんじゃろーな? もう三時やぞ。まさか、笑戸(えど)から歩いて来とるんちゃうやろな?」


 そう聞かれたところで鉄太としては、来るとしか言いようがなかった。


 ただ、移動方法に関しては、自分たちの懐事情(ふところじじょう)では新幹線はおろか、在来線(ざいらいせん)を使うことすら厳しいのではないかとは思っている。


 それより心配なのは、雪の影響かもしれない。


 蛇沼は、鉄太の返答に特に期待もしていなかったようで、返事をロクに聞くこともなく錦と共に楽屋へ消えた。


「先輩。自分らも戻りましょ」


 月田に引かれて鉄太も、タバコ臭い楽屋へ入る。


 本番は午後六時からのスタートなので、あと三時間も楽屋待機である。


 二人は卓の前に座る。


 金島は新聞から目を離そうとしない。


 (たく)の上には、立てて置かれた携帯電話と、吸い殻で埋め尽くされた灰皿があった。


 楽屋に戻ってきてから、しばらくたっても誰も口を開かなかった。


 鉄太にとって、三年前のこの待ち時間は、あっと言う間に過ぎてしまった気がしたのだが、今日は恐ろしく長くなりそうである。


「あの~~……」


 無言に耐えられなくなった鉄太は、開斗の件で金島に呼びかけたが反応がない。


 聞こえなかったのかと思って、もう少し大きい声で(たず)ねようとした時、袖を引かれる。


 振り向くと、月田が無言で首を振って、耳を指でさしている。


 何のことかと思って金島をよく見てみると、耳から伸びる白いコードが、左手に握られた黒くて四角い箱状の物へと続いていた。


 右手で持っている新聞は競馬新聞である。位置的に見えにくかったのだが、ようやく鉄太にも彼が何をしているのか分かった。


 金島は、ラジオで競馬中継を聞いているに違いなかった。道理で先ほどの騒ぎに顔を出さなかったはずである。


 本当にこのオッサンは何をしにきたのかと、鉄太は改めて思った。


 金島に話しかけられないのであれば、残る相手は月田しかいない。鉄太は廊下の一件について、聞いてみたいことがあった。


「あんなぁ、さっきの〈ウルフ(ふたり)〉と知り合いなん?」


「……知り合いとか、そんな上等なモンとちゃいますわ」


 鉄太の問いかけに、不貞腐(ふてくさ)れるような返事をする月田。


「別に言いたなかったら、言わんでええで」


 優し気な言葉をかける鉄太であったが、暇つぶしにでもなればと思って聞いただけで、それほど興味があるわけではなかった。


 しかし、月田は遠くを見るような目をしながら、ポツリ、ポツリと語り出した。


「アイツらとは笑林寺の同期なんすよ。ただ、向こうは成績優秀のトップエリート。自分はと言えば、落第寸前の劣等生っすわ。


 でも、一度だけ……たった一度だけっすが、タイマンの漫才勝負でアイツらに勝ったことがあるんすよ。


 アイツらメチッャ(くや)しがりましてね……ざまみろ思いましたわ。


 ところがですよ。すぐに、判定が取り消しになったんすよ。

 信じられますか?


 いつの間にか、判定札の裏表の色が、別になっとりまして、審査員の判定と真逆の結果になるように仕組まれとったんですわ。


 その後は、なんやかんやで、自分は中退して今日にいたるワケっすけどね」


 そう自虐的に言うと、月田は肩をすくめた。


「え? ちょっと、君、何言うてるの? コワイ、コワイ、コワイ」


 鉄太は、突如として急旋回(きゅうせんかい)を行った話に、眩暈(めまい)のような感覚を味わった。


 今の話の内容では、審査員の意図と逆の判定が下されたから月田が勝ったということになり、それによって利を得た月田の方が怪しいとしか思えない。


 だが、自分の話に共感してくれないのが、月田には心外だったらしく口論になる。


「何がですの?」


「何がですのやあらへんがな。ってか、君、勝ってへんよね?」


「勝ちは勝ちですやん。先輩はアイツらの肩持つんすか?」


「いや、そんなコト言うてへんし……君、()うてんの?」


「んなワケないじゃないっすか!」


 ──ドン!


 言い争いがエスカレートしてきた所で、卓上に拳が振り下ろされた。


 金島である。


大概(たいがい)にせい!」


「はい……」

「すんまへんした」


 二人は謝罪し、楽屋は静寂(せいじゃく)を取り戻す。


 鉄太はホッとした。また、ケンカになる前に止めてくれたことに、年長者だけのことはあると、心の中で感謝もした。しかし、次に発せられた言葉に、自分の耳を疑った。


「己らが騒いだせいで、単勝()がしてもうたぞ。ダボが!」


 何のことはない。金島が、さっき卓を叩いたのは、馬券を外したことに対する八つ当たりだった。鉄太は、さっきの謝罪を返してくれと思った。


 とその時、卓上の携帯電話から電子音が鳴り響く。


つづきは明日の7時に投稿します。

次回 第十二章 開幕 12-1話「残念ながらタイムアップ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ