11-1話 ウルフは双子の漫才師
ミーティングは大部屋の楽屋で行われた。
大部屋はちょっとした稽古ができるように床が板張りになっている。
また、学校の教室より広いので、スタッフ、漫才師、マネージャー、司会、アシスタント、合わせて35人が集まってもまだまだ余裕である。
サングラスをかけた鉄太と月田は、なるべく目立たないように奥の方に陣取った。
また、錦がその大きな体で、さりげなく月田の前に座ってくれたので彼を周囲の目から隠すことが出来た。
ミーティンクはスタッフの自己紹介から始まり、ルール説明、舞台進行の説明を経て質疑応答で幕を閉じた。その間、約30分。
続いてリハーサルに移る。
リハーサルは司会の進行に合わせて本番さながらに音響や照明がオペレーションされる。
本番との違いは客と審査員がいないことと漫才を行わないことである。
漫才師たちは司会の呼び込みで電飾が散りばめられた豪華な開き戸から登場し、マイク前に立ち、漫才をした態でステージから降り、審査員からの講評を聞くための位置に移動し、それが終わると下手へ捌ける練習を行った。
また、もし満点が出た場合そのまま表彰式に移るのでステージ上に留まることを指示された。
出番が終わった漫才師から楽屋へ戻ることが許されるので、出演順が最後の鉄太たちが解放されたのはリハーサルが始まってからおおよそ1時間後であった。
楽屋へ戻る途中、月田は興奮冷めやらぬといった調子で鉄太に話しかける。
「いや、あのトビラ、電飾とかエゲツないっすね。ナンボするか知ってます? ADに聞いてみたら、2000万は下らん言うてましたわ。家一軒、建つっちゅーねん。てか、優勝賞金の1000万より高いやないっすか。笑戸のテレビ局、エゲツないわ~~」
「別にあのトビラはこれから何年も使うんやろ? 知らんけど。──賞金と同じにしたらアカンて」
月田の言うトビラとは、舞台中央の奥に設えられた門のことで、笑戸テレビによって、今年から始められた演出である。
真っ赤に塗られた台の上に、山門を模し、笑と印された観音開きの戸が鎮座しており、それが開くときはいたるところに取り付けられた電球が、パチンコでリーチでもかかったかのように明滅を繰り返すのだ。
一回使うごとに数万円の電気代が吹き飛ぶ代物である。
山門のセットは、舞台でよくあるような階段から降りる仕様にはなっていない。
山門はお笑いの登竜門の意味を込めているので、出場者は登って来たという設定なのだ。そして、門から延びる細い道は舞台前方にある丸いステージに繋がっている。
この丸いステージは、前の大会まで使われていたお立ち台の代わりである。
けっして広くないステージにあるのは38マイク一本。ガンマイクも向けられていなければピンマイクも装着されない。
正統的な漫才が求められる空間であった。
「トビラから出た後、道細いしフラッシュライトが眩しすぎてコケてまいそうっすね」
「ちょっと声高いって。小声でしてくれる?」
なおも興奮して話し続ける月田の無神経に、鉄太はウンザリする。今は他の演者がいる楽屋の前を通っているのだ。
声からばれる可能性を考えないのだろうか?しかし、月田は気にする素振りも見せない。
「大丈夫っすわ。先輩は心配性っすね」
月田の足取りは軽く、スキップするかのように廊下を進む。ところが角を曲がったところで突然その歩みを止める。
「何? どうしたん?」
前方を見つめたまま、何も答えない月田。
鉄太は月田の視線の先を追うと、自分たちの楽屋の前でウンコ座りをして待ち構える二つの人影に気づく。
リーゼントに特攻服というそのいで立ちから、彼らが大部屋の自己紹介で〈ウルフ〉と名乗った双子の漫才師であることを思い出す。
たしか、金色の特攻服が太狼で銀色の特攻服が次狼のはずだ。
その彼らが何のために自分たちの楽屋前にいるのか?
隣で立ち尽くす月田の様子からすれば、考えるまでもない。恐らく感づかれたのだろう。月田が開斗の身代わりになっていることが。
鉄太が取りうる行動は、行くか戻るかの二つであった。
しかし、戻ったところで問題が解決するとも思われない。それに、ミーティングから立ちっぱなしだったから早く楽屋でくつろぎたかった。
そういえば、月田と〈ウルフ〉は、同い年ではなかっただろうか?
鉄太は、月田が楽屋でした〈ウルフ〉の説明がやたら詳しかったことを思い出す。
多分、お互い見知った仲なのであろう。
月田の知り合いであるなら、それは彼が解決すべき問題に思えた。
鉄太は楽屋に向けて歩き出した。すると、月田はその後ろに隠れるようにして付いてきた。
あくまで遣り過ごすつもりらしい。
鉄太は特攻服を着た二人の間を素通りし、自分たちの楽屋の前にたどり着きドアを開ける。月田もそれに続こうとする。
だが当然、彼らの前を通り抜ける前に左右から行く手を遮られた。
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つづきは明日の7時に投稿します。