10-2話 霧崎からの伝言じゃ!
「オウ! そこにおるんかい! 今行くけぇジッとしとけよ!」
鉄太の声が届いてしまったのか、金島は怒鳴り声をあげた。
それからすぐに玄関の扉が開かれる音がして、激しく床を踏み鳴らす音が続く。金島がアパートに踏み込んできたのだ。
「安心してください。立岩先輩は何があってもお守りします!」
そう言って月田はファイティングポーズをとった。
穏便にすませたかった鉄太は、悪い方向へ悪い方向へ進んでいく状況に泣きたい気分になる。が、彼がうろたえている間に、乱暴な足音は扉のすぐ外まで近づいてきてしまった。
「ここかぁ!」
ノックもなしにドアが勢いよく開かれる。ドアにはカギが掛けられてなかったのだ。
しかし、鉄太はむしろそれでよかったと思った。
もし、カギなど掛けていようものなら、蹴破られたに違いない。目の前に現れたトレンチコートの男はそんな形相をしている。
「ア~~~ン!? なんじゃワレェ」
「ワレこそなんじゃ! いてまうぞボケェ!」
メンチの切りあいを始める月田と金島。
一触即発な彼らを見て鉄太は、壁などが壊され弁償させられるコトになるかもしれないと青ざめた。
「兄貴! そんなコトしてる場合じゃありやせんぜ」
金島の後ろから顔を出したのはヤスである。彼も一緒に来ていたのだ。
「オォ。そうじゃったのぉ。立岩ぁ! 霧崎からの伝言じゃ!」
そう言うが早いか金島は、頭突きを月田に食らわせてたたらを踏ませる。しかし、ボクシング経験のある月田はその程度では倒れることなく、反撃しようと拳を構えた。
慌てて鉄太は、後ろから月田の腹を右腕で抱えて止めようとする。
「止めんといて下さい先輩!」
「待って待って! 今、あの人、カイちゃんのこと言うてたで」
「え? ホンマっすか?」
動きを止める月田。
鉄太は月田を盾にするようにして金島に問う。
「あの……社長はん。カイちゃんが今、ドコにおるかご存知なんです?」
「霧崎は今、笑戸から大咲花へ向かっとる最中じゃき。ヤツの伝言は、『先に劇場に行け』とのことじゃ」
「それって、どういうことですのん?」
「あぁん!?」
「いえ、なんでもないです……」
鉄太は混乱した。
どうにも分からないことだらけだ。
なぜ開斗の行方を金島が知っていたのか。
なぜ笑戸にいたのか。
なぜ金島に伝言を頼んだのか。
確かに、この部屋には電話はないし、アパートにも共同電話すらない。でも、手紙とかで連絡をとる手段はあったのではないか?
そう思うと金島の言葉を素直に信じてよいのかと疑心が湧く。
「何、ボーっと突っ立っとんじゃい。さっさと支度せい。劇場に行くぞ」
何のつもりか分からないが、金島は鉄太を心咲為橋劇場まで連れて行ってくれるらしい。
しかし、鉄太はどうにも気が進まなく、それを断る。
「あの……すんまへん。実は決勝戦、リタイアしよう思ってますねん」
開斗を待つ一週間の間に彼の出場意欲はほぼなくなってしまっていた。だいたい、鉄太は最初から〈大漫才ロワイヤル〉の出場に積極的ではなかった。
ここに現れたのが開斗であれば話は別なのだが、よりにもよってこの怪しげな男の話を信じて彼の車に乗ることに激しい抵抗を感じた。
小学生の頃に聞いた『親の不幸を騙って誘拐する手口』にそっくりではないか。
うっかり付いて行ってしまったら、目ん玉引っこ抜かれた挙句、足をへし折られかねない。
そんな鉄太の返事に、こめかみに青筋を立てた金島は、月田を押しのけると、鉄太の襟首をつかむ。
「リタイアするじゃと!? ナメとんのかワレ! 〈大漫〉に出とうても出れん人間がどんだけおる思っとんじゃ!」
「そうです立岩先輩。この人の言う通りですわ!」
「えぇ? 何で!?」
ついさっき、何があっても先輩を守ると宣言した月田が、襟首をつかまれてつま先立ちになっている鉄太を助けることもせずに、金島の味方となって横から責め立ててきたのだ。
孤立無援となった鉄太は、劇場に行く以外の選択肢を失った。
「分かりました。でも、まだ行くには早すぎですわ。午後一時までに受付すればええんで……」
言外に一旦帰って欲しいと匂わせる。もし帰ってくれれば、逃げ出すチャンスもあるかもしれない。
すると、鉄太の心を見透かしたのか分からないが、金島がヘンな質問をする。
「もし、時間までに受付せんかったらどうなるんじゃ?」
「そ、そら失格になるんちゃいますの? ……知らんけど」
それを聞いた金島は、苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
「ちぃとギリギリかもしれんのぉ。霧崎は新大咲花に昼頃着く言うとったが、心咲為橋劇場まで来るには、最悪30分はみとかなならん……」
「ところで、社長はん。なんでカイちゃんが笑戸におったんか聞いてます?」
「ワシも詳しくは知らん。本人が来たら直接聞け」
鉄太の問いに金島は視線を合わせることなく答えた。
つづきは明日の7時に投稿します。
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