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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十章 当日
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10-1話 何してんねん月田君

「オイ、コラ……テッたん……いつまで寝てんねん」


「ん……んん? ……カイちゃん?」


 寝ぼけ眼を擦りながら鉄太が起きると、目の前には開斗がいた。


「いつ、帰ってきたん?」


 鉄太は問いかけるも、開斗は何も答えない。


 そして、彼は部屋のドアの前に向かうが、驚いたことに、そこには死んだはずの鉄太の父親、亞院鷲太(あいんしゅうた)がいるではないか。


「テッたん……ちょっと行って来るわ」


 開斗はそう言うと、父と部屋から出て行く。


「えっ? ちょっと待って。ドコ行くの?」


 あわてて鉄太は、二人の後を追いかけようとするのだが、走っているつもりなのに、全然前に進まない。


「オトン! カイちゃん!」




「先輩! 立岩先輩! 大丈夫っすか?」


「あ……月田君か……おはようさん」


 目を開けた瞬間、鉄太は先ほどの光景が夢であったと理解した。月田が白い息を吐きながら、やや心配そうな面持ちで、こちらを見ている。


「おはようございます。なんかうなされてたようっすけど、どんな夢見てたんすか?」


「カイちゃんの夢やった……てか寒ない?」


「そうっすね。そのうち雪でも降るんとちゃいますか?」


 窓の外を見ると、黒い雲が低く垂れこめていた。


 鉄太は夢の内容を呼び起こそうとしたが、月田とやり取りしている間に、急速にあやふやになってしまい、思い出すことができなくなってしまった。


 仕方なしに振り返り、狭い室内に目を走らせる。


 ひょっとしたら、開斗が帰ってきているかもしれないと、祈るような気持ちを込めてのことであるが、やはりムダなことであった。


 開斗は未だに戻っていない。


 明日こそ帰ってくる、明日こそ帰ってくると思っていたのだが、あっという間に一週間経っていた。


 今日は十二月七日。〈大漫才ロワイヤル〉の収録日なのだ。ちなみに入り時間は午後過ぎなので、移動時間を含めても全然余裕である。


「朝飯作りますんで、布団(ふとん)かたして下さい」


 朝食当番の月田が台所に行く。


 鉄太は布団(ふとん)を押し入れにしまい、折りたたまれたちゃぶ台の足を伸ばして部屋の真ん中に置く。


 数分後もすると、ちゃぶ台の上には、パンの耳のマヨネーズ焼きと、クズ野菜からなる簡単な炒め物が並べられた。


 クズ野菜は、笑比寿(えびす)橋アーケードの八百屋からタダで手に入れた物だ。最近ティッシュおじさんとして人気者になっている鉄太は、色々貰い物をすることが多くなった。


「あれ? 月田君、お惣菜は?」


 昨日はスーパーから賞味期限切れのパックをいくつかもらって、まだ残りがあるはずだが、それが食卓に出されていないことを指摘する。


「今日は〈大漫〉の決勝戦っすよ。万が一腹でも壊したらどないしますの? 食べるなら帰ってきてからにして下さい」


「いや、心配しすぎやで」


 彼らの部屋に冷蔵庫などという文明の神器はないので、食あたりに気を遣うのも分からないでもない。しかし、もう十二月である。暖房器具もない彼らの部屋は、夜中ともなれば冷蔵庫内とさして変わらないのだ。


「石田三成だって処刑される前に、柿を食べなかったっすよ」


 月田はよくわからない理屈で反論する。


 勉学方面にパラメータを割り振っていなかった鉄太は、石田三成が何をした人なのか知らないが、処刑されるような人の行動を参考にしたいとは思えなかった。それに食べるのは総菜であって柿ではない。


「お総菜の中に柿入ってへんやろ。ってか、柿って体に悪いんか?」


「いや、そんなん言うてるのとちゃいます。午後から決勝っすよ。終わるまでは、ちょっとでも体に気ぃ使ってくださいって話っすわ」


「…………月田君。気ぃ使ってくれてるのはありがたいけどな。リタイアしようと思ってんねん」


 鉄太は本番当日までに開斗が帰らなかったら、〈大漫才ロワイヤル〉の決勝戦出場を断念しようと思っていたことを告げる。


 だが、その言葉に月田が激しい拒否反応を示す。ちょいちょい彼は開斗が戻ってこない場合は、自分を代わりに出させてくれと鉄太に言い寄っていたのだ。


「なんでなんすか! 自分のツッコミじゃアカンのですか!」


「いやいや、その前に、決勝戦の代役って認められんの?」


 予選と決勝戦では話が違う。実行委員会が予選の時のように相方の交代を許可するとは思えなかった。


 相方が異なればそれは別の漫才コンビだ。

 予選を通過していないコンビを決勝に出場させるはずがないのである。


「代役が認められんのでしたら、改名しますわ。今日から自分が霧崎開斗になります」


「そんな問題ちゃうねん」


 鉄太の正直な感想として、月田とのコンビの漫才の出来栄えは、開斗とのそれに比べて大きく劣る。とてもじゃないが決勝戦に出られるレベルに達していない。


「インチキして出ても恥掻(はじか)くんは自分やで」


「そんな……インチキやなんて……」


 月田は特に反論もせずに項垂(うなだ)れる。


 彼自身もその自覚はあったのだろう。


「なんだったら、一緒に心咲為橋(しんさいばし)行く? もしかしたら舞台袖から決勝戦、見させてくれるかもしれへんよ」


 辛気臭(しんきくさ)くなった空気を換えるべく、鉄太は極力明るく誘った。月田は今日のために仕事を休んでいるのだ。


 やや沈黙した後、月田は両方の手の平で自分の顔面をバシバシ叩く。


「分かりました! 自分が間違ってました!」


 両手をヒザの上に置いて一礼する月田。鉄太は彼の素直さを好ましく感じ、そのうち彼の相方を見つけてあげようと思った。


「別に頭下げんでもええて。それより、ごはん食べよ。昨日もらったお惣菜持ってきて」


「いや、それは帰ってきてからで、ええんとちゃいますか?」


「…………」


 どうやら、月田は心の底ではまだ(あきら)めてないみたいであった。



 結局、総菜が出ないまま朝食は終わった。


 しかし、食器を下げて後片付けをしている時だった。


 この街に似つかわしくない重低音のエンジン音が近づいてきたと思ったら、激しいブレーキ音と共に、アパートの前で止まる。


 ほんの一瞬だけ開斗が戻ってきたのではないかと期待した鉄太だったが、そんなハズないと思い直す。開斗は免許すら持っていないのだから。


 すると案の定、その考えを肯定するようなダミ声が、窓の外から聞こえてきた。


「オラ! 立岩! そこにおるのは分かっとんじゃ! ツラ出さんかい!」


 間違いなくサラ金の金島だ。

 どうするべきか鉄太は迷う。


 借金取りが家に押しかけてくるなど、絶対ハッピーな案件ではない。


 しかし、逃げようとしても窓は道路側に面しているし、ここは二階だ。片腕の鉄太が降りられるはずもない。


 一か八かで押し入れに隠れるしかないと考えていたら、窓を開けて月田が()えた。


「何やオマエ! 立岩先輩に何の用や!」


「ア――――――ッ! 何してんねん月田君!」


つづきは明日の7時に投稿します。

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