1-3話 舞台に立つのも怖いねん!
開斗が手刀ツッコミで鉄太の黒シャツの左胸部分を切り裂くと、そこから現れたのは義腕の接続部分から胸にかけてカバーするショルダーパッドのような防具であった。
「この人らから聞いたで。テッたんの借金、その義腕に特注の防具つけたからやってな。それワイのツッコミに耐えるためやろ? ワイと漫才やるためやろ?」
「まーまーまー。無理強いはアカンで霧崎の」
グラビアアイドルのように横座りして右手で胸部をかくす鉄太と仁王立ちする開斗の間に金島が割り込む。
「借金なんか無理に返さんでええんじゃて。ほらほら、お前ら席に戻れ」
地獄に仏。
意外な優しさを見せた金島に鉄太は感謝する。
「なんや似合わんこと言うて。金払われんと困るのアンタやろ」
「確かにその通りじゃが、金を稼げるのは漫才だけじゃないからのぉ」
「アホいいな。こんな流行らん焼きそば屋、明日にでも潰れるで」
開斗と金島のやり取りから察するに彼らは今日昨日の知り合いではないらしい。それと意外だったのは鉄太に漫才をやらせたがっているのが金島ではないということだ。
二人はいったいどんな関係なのだろうか?
「ワシらはの、プロじゃけぇ……」
金島が煙草を取り出すと、すかさずヤスが火をつける。
「金を稼がせる方法なんぞなんぼでもある」
「……腎臓でも売れっちゅうんか?」
開斗が問うと金島は煙草を二口、三口と吸い、天井に向かって煙を吹き上げてから答える。
「それは最後の手段じゃな。腎臓は二個あるから一個売ってもいいなんてのはデタラメじゃき。まぁ、生きるだけなら問題ないんじゃが、ロクに働くことができんようになる。己らの借金は腎臓一つ売っただけでは足りんからのぉ。そもそも、借金を完済されたらまた新しい客を見つけなならん。逆に利息分だけ一生払い続けてもらうのもありなんじゃて」
金島の吊り上がって裂けた口元から、牙のような金歯がぬらりと光る。
地獄に仏はいなかった。
腎臓を売らなくてよいのは幸いといえるが、一生利息を払い続けるのは割に合うこととは思えない。
鉄太は、にじみ出た額の油汗をぬぐっていると、あることに気づく。
己らの借金?
開斗に視線を向けると、しらじらしく目をそらされた。
「カイちゃん。借金してんの?」
「知らんかったんか?」
知るわけがない。
「投資詐欺におうたんや」
「へー。そうなん。で、いくら借金あんの?」
「原野商法ってヤツや。聞いたことあるやろ。ニュースでもやっとった」
聞いたことなかった。
鉄太は借金返済のため新聞も取ってなければテレビも持っていないのだ。
もっとも新聞紙に関しては様々な用途があるのでゴミ箱からよく拾っているが、手に入るのは大抵スポーツ紙だ。載っているのは野球と芸能ゴシップとお下劣な記事ばかりである。
が、知りたいのは借金の原因ではない。金額の方だ。
「で、いくら?」
「たいした額やあらへん」
「いや、いくらって聞いてんねん」
「……せやな……。金島はんにテッたんの借金と一本化してもろて、ちょうど1000万ってとこや」
開斗は両手の人差し指を顔の左右に立てた。
「はあああああああああああ!?」
鉄太はバカであったが簡単な算数ぐらいはできる。
400を2倍しても1000より少ないことは直感的に分かった。
「なんやそれ! カイちゃんの借金、ワテのより多いやんけ。てか、他人と借金一本化ってなんやねん。聞いたことないわ!」
鉄太はアホに分類される人間なので、商習慣に詳しいわけではない。オレオレ詐欺の被害が大咲花でほとんどなかったように、金銭を要求された時、素直に従う習慣がないゆえの発言である。
「お、ええやん。テッたん、ツッコミでいけるんちゃう?」
「いけるかアホゥ。そんな簡単な問題ちゃうわ! 舞台に立つのも怖いねん! 人前でしゃべられへんねん! 客の顔を見るのが耐えられへんねん!」
そう一気にまくしたてると鉄太はテーブルに右手を置いて肩で息をする。
「医者にチップスって言われとんねん」
「イップスやろ。カルビーか」
開斗のツッコミに鉄太は右手を上げて何か言いかけたが拳を握ってグッと言葉を飲み込んだ。
イップスとは主にスポーツ選手がかかることが多い精神的な症状で、普段何気なくできることが特定の条件下でまったくできなることである。
鉄太にとって舞台上で客の顔を見ることがイップスの引き金なのだ。
克服するには自己を再認識するための訓練や投薬などがあるが明確な治療法は確立されていない。
「客見るのが怖いんやったら、見んどいたらええやん」
それができれば、と鉄太が言おうとする前に開斗が手をかざして制止する。
「現に今、ワイら漫才みたいに話とったやろ」
言われて鉄太は気づく。
自分と開斗の立ち位置、テーブルを挟んで座る金島たち。
それは彼らが小学生のころクラスメイトの前で初めて漫才を披露した時に似ていた。
「…………」
「テッたん……よう考えてみい。漫才は左腕のうてもでける商売や」
確かにそうかもしれないが、漫才が出来ることと、面白い漫才が出来ることは同じではない。
苦しみを知らない者からの無神経な物言いに、鉄太は不快になる。
「よっし!決まりや!」
鉄太がなおも無言でいると、開斗は一発大きく手を叩いて勝手に結論を下した。
昔からそうだが開斗は独断専行する。
しかし、その原因は鉄太にもあった。彼は基本的に優柔不断であり、また開斗の決めたことに逆らわなかったからだ。
とはいえ、今度ばかりは鉄太も黙っていられなかった。
「ちょ、ちょっと待ってーな。他にも片手で出来る仕事あるかもしれへんし」
「あらへんやろ。あったとしても1000万返されへんわ」
「400万や!」
そう言い放って鉄太は思い出す。さっき金島が他に金を稼ぐ方法がたくさんあると言ってたことを。
「あの……社長はん。ワテにできそうな仕事、他にあらしまへん?」
「あるど」
鉄太の問いに金島は間髪入れずに応じた。
開斗は露骨に顔をしかめる。
「ワシとしては元々、その話をするために来たようなもんじゃしな。とりあえず一番楽そうな『足をへし折るヤツ』なんてのはどうじゃ?」
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つづきは明日の7時に投稿に投稿します。
次回1-4話「借金のアレおかしない?」