9-4話 お導きかもしれへんな
月田の問いに開斗はやや間を置いてから答える。
「理論上はな」
〈三笑方の定理〉はW2= B2+T2というように、笑いが、ボケとツッコミが和であるのに対して、〈特殊笑対論〉のW=BT^2は、笑いが、ボケとツッコミが積で表されている。
つまり、ボケとツッコミが強くなればなるほど、W=BT^2の方が、笑いの量が爆発的に大きくなるという理屈である。
「……とは言え、それはあくまで仮説やねん。そもそも、ツッコミが強くなりすぎて人間では耐えれへんかもしれん」
「実際、耐えれへんかったし」
熱弁を振るう開斗に、鉄太はボソリと恨み言を口に出す。すると、開斗はグルリと鉄太の方に顔を向ける。
「テッたん」
「な、何!?」
「テッたんの特殊装甲なら耐えれる思わんか?」
「ん~~~。それはどーやろー……」
開斗の糸目の隙間からの突き刺すような眼光を受け、鉄太は座ったまま後ずさるが、その分にじり寄られる。気が付くと鉄太の背中はドアに押し付けられていた。
もはや逃げ場がない。
「生身で耐えられんなら、耐えられるように工夫すれば、エエだけの話やったんや。―――テッたんの腕がのうたったんも、もしかしたら亞院先生のお導きかもしれへんな」
「いや、絶対違うし」
余りの暴言にさすがの鉄太もムッとするのだが、そんな程度では開斗は全く意に介さない。昔から彼は熱くなると人のコトなどお構いなしになるのだ。
しかし、鉄太が圧力に屈する寸前に、助け船が出される。
「霧崎先輩。その話、なんかおかしないっすか?」
月田が何の気なしにといった調子で疑問を呈したのだ。
「何やと!?」
底冷えのするような声で聞き返し、振り返る開斗。
月田は短い悲鳴を発して腰を浮かせる。
「何で亞院先生が命削って導き出した方程式を、今さっき知ったばっかのオマエが否定すんねん!」
開斗は、その矛先を月田に変え、今にも襲い掛からんとジリジリ迫る。
「静かに、静かに……下の人に迷惑ですて」
月田は開斗を落ち着かせるための常套句を用いた。
もう就寝時間帯である。開斗も他の住人を慮ってややテンションを下げる。
「さっき霧崎先輩、ツッコミが負けてるって自分で言うてましたやん」
「それがどないした」
「今の立岩先輩の、その特殊装甲に見合う、二乗のツッコミって、一体どんなツッコミっすか?」
つまり月田の言いたいことは、ツッコミが負けていると言っていたのに、それより遥かに強いツッコミが出来るのかということだ。
方程式の問題ではない。
霧崎の技の問題ではないかと。
「むぅ……」
ようやく、月田の言わんとすることを理解した開斗は、低く唸って座り込んだ。
「あ! もしかして、三人漫才なら出来るんとちゃいます? ちょうどここに、ツッコミ二人に、ボケが一人いてますし。これこそ亞院先生のお導きやないっすか?」
月田が、名案が閃いたとばかりに、拳を手の平に打ち付けて自説を披露した。
だが、それに関して鉄太も開斗も肯定的な反応を示さなかった。
「それは、W=BT^2やのうてB2Tや。すでに違うことが証明されとんねん」
「えぇ? 違いがよー分からんのですが」
「そんなんやから、オマエは笑林寺卒業できんかったんや」
開斗の一言は、月田の心をえぐったようで、彼は俯いて押し黙る。
結局それ以降、誰も一言も発しなくなり、会議は自然と閉会となった。
しかし、消灯した後になっても開斗は布団も敷かず座り込んだまま一心に考え込んでいる。
その姿に、鉄太は既視感を伴った不安を覚えた。
つづきは来週月曜の7時に投稿します。