8-3話 即興の、ネタはワイらのオハコやで
蛇沼たちと共に予選会場のホテルに入った鉄太と開斗であったが、それぞれ予選が行われる会議室の場所が異なるためエレベーターで別れた。
なにしろ参加者が多いので、いくつかの会議室に分けられビデオ審査用の撮影が行われるのだ。
当然、映像では笑気を伝えることは出来ないのであるがスポンサーはテレビ局である。茶の間で見て笑えない漫才師が決勝に残ることは迷惑なのだ。
それに会場が爆笑なのに茶の間で誰も笑わない現象はあってもその逆はまずない。
なお、結果は後日郵送されることになっている。
「スネオに何か言われたんか?」
控えの広間に入って一息ついた所で開斗が鉄太に尋ねた。
「いや、別に何もあらへんけど」
そう返事する鉄太であったが内心ヒヤッとした。
実はホテルに入って開斗がトイレに行ったスキに鉄太はこっそりと蛇沼らにギャラの話を聞いていたのだ。
蛇沼の話によれば、ツッコミのボケのギャラの比率が6:4という開斗の主張は一般的にはよくあるが笑林寺卒業生に限るとそうでもないとのこと。
と言うのも、笑林寺ではボケの方が希少なためコンビを組む条件としてギャラが吊り上がることが珍しくないからだ。
幼馴染の仲良しコンビの上に傍若無人の開斗を敵にしようと思う者がいなかったため、誰の誘いも受けなかった鉄太にとって初めて知る話であった。
どうやら、ムカっとした気持ちが顔や態度に現れていたようである。もっと気を引きしめねばと鉄太は自戒する。
もちろん非は開斗にあるのだが今は予選直前である。鉄太はバカであっても空気は読めるのだ。
それに、ギャラの件を指摘したところで、どうせ屁理屈をこねられるだけである。
開斗は昔から人に謝った試しがないのだ。彼に腕をぶった切られた時でさえ、鉄太は謝罪の言葉を掛けてもらった記憶がない。
「スネオの野郎ホンマむかつくわ。おもっきし笑いくさりおって」
鉄太にムカつかれている当の本人は、新しいコンビ名〈満開ボーイズ〉を蛇沼に大笑いされたことを思い出したようで悪態をついている。
「しっかし、ホンマ少ないな。どうりであっさり相方の変更が認められたワケやで」
開斗の言うように広間を見渡しても、順番待ちの漫才師たちは三年前の半分ほどしかいない。
相方変更という無理な要求が通った背景には、実行委員会の参加者を減らしたくないとの思惑があったに違いない。
であるのなら、相方の変更ついでにコンビ名の修正にも応じてくれたかもしれない。
「カイちゃん。もしかしてコンビ名も変えんと済んだかもしれへんな」
旧コンビ名の〈ほーきんぐ〉は、開斗の発案だった。
「まぁ今更言うてもしゃーないわ。それに、あのコンビ名もガキん時に考えたヤツや。辞書とか調べてカッコええって思った単語拾っただけやし」
ちなみに、ホーキングは日本語で鷹匠という意味である。また、鷲と鷹の区別は大きさのみで、ワシ科の小型種を鷹と呼称しているにすぎない。
亞院鷲太の弟子であることを名前に込めたという話を、鉄太はぼんやりと思い出した。
「カイちゃんがええ言うならええけどな。――それより、ネタどーする?」
「せやったな。準備したネタ、パーになってもうたな。でも、案外悪ないかもしれへんぞ」
「エッ!? なんで?」
「よう考えてみい。直前に出されたお題で漫才せなならんのはみんな一緒や。それに即興のネタはワイらの十八番やで」
漫才の区分として、〈どつき〉や〈しゃべくり〉のような、演じ方で分ける他に、作り方でも分けられる。
タイプは大別すると〈理論タイプ〉と〈感性タイプ〉に分けられる。
理論タイプは、時間を掛けて細部まで徹底的に作り込むのが得意なのに対して、感性タイプは即興が得意である。
余談であるが、理論タイプと感性タイプは、互いを蔑視する傾向が強い。
基本的に、理論タイプは漫才にとってネタこそ命と考え、日々ネタ作りや稽古に勤しんでいるが、感性タイプは自らの生き様こそネタを輝かせるとの考えで毎晩飲み歩くからだ。
「なるほど~~。やっぱカイちゃんは賢やな」
ルール変更のせいで、折角の努力が水の泡と思いきや、開斗のポジティブな思考に鉄太は素直に感心した。
「オウ。ホメても出るのは屁ぐらいやで。……っていうか問題は月田や。アイツ知ってて黙っとったやろ」
言われてみれば、申し込み時に送られてくる注意事項が書かれた紙を月田から見せてもらってなかった。
とはいえ、彼にしてみれば出場権を強奪されたようなものであるから、その心情も理解できなくもない。
「カイちゃん。家帰っても月田君のこと怒ったらあかんで」
「まぁええわ。残りの時間、自己紹介ギャグの練習や」
流石の開斗も、本番直前で心を乱すことをよしとしなかった。
しかし、満開ポーズを始めようとする開斗に対して、鉄太は最後の抵抗を試みる。
「……これ、マジでやらなアカン?」
「前にも言うたやろ。先々のこと考えればあった方がええねん。ガキンチョの気を引くのは、こんなんが一番や」
開斗は頑として譲らなかった。
「あんまアザトいの好きやないねんけどな……。じゃあ、せめて出だしんトコ、〝俺たち〟じゃなくて、〝僕たち〟にせーへん? こんなギャングみたいな格好で〝俺たち〟なんて言うたら、お客は身構えてまうで」
「いや、ワイら〝僕〟なんて使うたことないやろ」
「それ言うたら〝俺〟かて使うてへんやん」
「…………」
「…………」
土壇場になって気づいたのだが、鉄太の一人称は〝ワテ〟で、開斗の一人称は〝ワイ〟なのだ。どれを選んでも違和感が出てしまう。
またしても、やるやらないで少々もめた結果、出だしの部分を〝ワイら〟に変更して開斗が一人で発声し、〝満開ボーイズ〟の部分を二人で言うこととなった。
鉄太が不承不承ながら同意したのは違和感云々より、出だしで息が合わなくてグダグダになる危険性が減ったためだ。
そうこうする内に、またたく間に30分が経ち、スタッフがやって来て、彼らに封筒が手渡された。
開いて中身を取り出すと、一文字大きく『酒』と書かれていた。
それが彼らに出されたお題であった。
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つづきは明日の7時に投稿します。
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