8-1話 笑比寿橋のティッシュおじさん
〈大漫才ロワイヤル〉とは、元々、笑林興業が笑林寺卒業生支援の一環として始めた漫才のコンテストで、〈大咲花漫才ロワイヤル〉というのが当初の名称であった。
その目的は、卒業生に手っ取り早く箔をつけて、世間的な認知度を高めるためであった。
笑林寺設立四年目から始められ、今年で開催十年目になる。
十年の間に色々な変革があった。
三年目より卒業生に限らず中退者の参加を認め、六年目に笑戸テレビ協賛となり全国放送され、それに伴い笑林寺以外の漫才師の参加も認められた。
また、賞金も従来の100万円から一気に1000万円に引き上げられ、名称も〈大咲花漫才ロワイヤル〉から〈大漫才ロワイヤル〉に改められた。
来年には主催と開催地が笑戸に移るというウワサが流れている。
しかし、創始以来変わらないルールもいくつかあった。
コンビの両名とも年齢が25才以下であることがその一つだ。
なので鉄太と開斗にとって今年がラストチャンスになるのだが、彼らの目的は、笑林寺を存続させるためであり、その観点からすれば何才であろうと、これがラストチャンスとも言える。
そして、そのためにはまず、実行委員会にコンビ変更を了承してもらわなければならないのだが、果たして、そのようなことが可能なのだろうか?
結論から言えば、あっさり了承された。
開斗などは、非常な手段に訴えてでも変更させるつもりでいただけに、肩透かしをくらったようで、しつこいくらい念押しをしていた。
実は、メンバー変更が了承されたのは、実行委員会側のある事情があってのことなのだが、彼らはまだ知らない。
かくして、〈ほーきんぐ〉改め、〈満開ボーイズ〉となった鉄太と開斗は、大漫才ロワイヤル予選に出場することとなった。
そして、予選通過するための漫才を、近所の公園で試行錯誤する日々が始まる。
当然、二人とも昼のバイトと、夜の笑パブで前座を行った上でのことである。
鉄太は三日過ぎた頃から体も頭もクタクタになったが、それ以上に充実感で満たされ、寝る間すら惜しく思った。
腕を失ってから、ついぞ感じたことのない気持ちである。そのような心境の変化は、ティッシュ配りへの取り組み方にも現れる。
鉄太は義腕のヒジを固定し、手の部分にお盆を張り付け、まるでウエイトレスのような感じで、お盆の上のティッシュを配るようにした。
すると動きがユーモラスになり、ティッシュを受け取る人がどんどん増えていった。
いつしか鉄太はティッシュおじさんと呼ばれ、笑比寿橋の名物となった。
さらに、笑パブにも鉄太目当てで来る客が増えたので、前座から後座に引き上げられたり、他の笑パブからも出演依頼がくるまでになった。
笑パブで客が増えるのは実にありがたいことであった。ネタの検証ができるからである。
しかし、彼らの目標はあくまで、〈大漫才ロワイヤル〉で優勝することにある。笑パブの仕事を増やして、ネタ作りがおろそかになっては本末転倒なのだ。
泣く泣く仕事を断ったりもした。
予選会へのネタは、どつき漫才に三笑方の定理を用いる最も得意な構成で臨むことが決められた。
三笑方の〝三〟は、演者、客、同業者を示しており、三笑方の定理とは、それらを満遍なく笑わせるための、均整の取れたボケとツッコミを行う方程式である。
昔から万能型の方程式と親しまれているのだが、最新の方程式と比べると鋭さに劣るので、賞レースで用いるにはあまり適していないとの声もある。
とはいえ、彼らに他の手段はない。
新たな構成に変更するには時間がなさすぎるのだ。
その他、最後までやるかやらないかで揉めたのが自己紹介ギャグである。
月田が満開ポーズなる自己紹介ギャグを暖めていたといい、ツカミでやってくれと主張してきたのだ。
そのポーズとは、まず「俺たち」で区切り、
続いて「満開」の掛け声で、右手を顔の隣で開いて、
同時に左足を軸にして右足を伸ばし、
最後に「ボーイズ~~」の所で、それぞれ、右腕と右足を使ってアルファベットのBを形作るという、なかなか恥ずかしいものであった。
自己紹介ギャグは、ネタの本筋と全く関係ないので、客に媚びる邪道の行為と考える者が多く、鉄太もその一人である。
出来ればやりたくなかった。
だが、開斗が気に入ってしまい、なし崩し的にやることが決まってしまった。もしかしたら、出場権を取り上げたことに対する月田への気遣いのつもりなのかもしれない。
そして、坊主にした頭の毛もだいぶ伸び、彼ら自身が納得できるネタが出来上がったのは予選日ギリギリであった。
つづきは明日の7時に投稿します。