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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十一章 開演
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11-9話 何やってんねん。すぐ戻せ

 第七艦隊の2人が舞台に現れると場内を揺らすような大歓声が沸き上がった。


 月田は彼らの紹介をしようとしているようだが歓声にかき消されて何を言っているのか分からない。ゴールデンパンチの2人は役目を終えたとばかりに袖にはけていった。


 そんな舞台の様子を感じながら開斗が鉄太にグチる。


「あんなモン預かっとったならさっさと渡しとけや」


〝あんなモン〟というのは、インチキ霊媒師こと鷺山(さぎやま)が売り歩いているオモチャのようなブレスレットのことだ。


 鷺山(さぎやま)はそのブレスレットに特殊な力が宿っているとの吹聴(ふいちょう)しているが、もちろんそんなワケない。


 だが、キャプテン本村は、よほど心の拠り所にしていたのか、鉄太からブレスレットをひったくると状態異常が一気に回復したのだ。


「ってか、預かってるコト、なんでワイに教えてくれへんかったんや?」


「いや、預かってへんよ。あれはワテが(もら)ったヤツやねん」


(もら)った!? オマエまさか信者になったんちゃうやろな?」


「ちゃうねん、ちゃうねん……ちょ、その話後や。今そんな場合ちゃうで」


 キャプテン本村とセーラー利根は、マイク前に立ったまでは良かったが、その後、何も(しゃべ)れずにいる。残念ながらイップスを何とかするまでの信仰心を持ち合わせていなかったようだ。


 いつまで経っても無言で棒立ちを続ける2人に客席がザワザワしはじめる。


「オイコラ、のどチンコ楽屋に忘れて来たんか?」客席から心無いヤジが飛んだ。


(アカンなぁ)


 このままでは、新たなトラウマを植え付けられかねず、そうなれば、彼らは2度と舞台に立てなくなるだろう。


 と、その時、「黙っとけボケ!殺すぞ!」


 ヤジを飛ばした客を罵倒(ばとう)するドスの効いたダミ声が劇場に響いた。


 耳馴染みのある罵倒に、鉄太は誰が発したのかすぐ分かった。そして顔をしかめた。あんな高圧的な言い方をされれば反発は必至だ。いくら金島だろうと一対数百では話にならない。

 

 しかし、鉄太が恐れたように、ヤジが雨のように降り注ぐような事態にはならなかった。


 なんと「せやせや」と同調する多くの声が湧き上がったのだ。


 鉄太は唐突に理解した。


 開演後に押し寄せた客の多くは、第七艦隊のファンなのだと。


 多分──いやきっと、大八車らが〝第七艦隊が再起する〟といったように呼び込みを行ったに違いない。


 それにしても、この短い時間に何百人も集まるとは、いかに彼らがファンから愛されているかが良く分かる。


 鉄太は先輩芸人に対する認識を改めた。


 客席からは「ガンバレ」と鼻水をすするような声援も飛ぶ。ただ、ガンバレというのは呪いの言葉とも言える。


 キャプテン本村はサンパチマイクに向かって口を大きく開けていた。しかし、ノドに栓でもしているのかと思えるほど、一向に声が出なかった。


「やっぱり無理矢理にでもサングラスさせとくべきやったかなぁ」


 鉄太は義腕の手首を握りしめながら(ひと)()ちる。すると、鉄太の呟きに開斗が反応した。


「そう言えば、客席の照明って付けたままなんやろ?」

「せやけど……いきなり何?」


 普通、演目が始まれば客席の照明は絞る。ところが、このライブでは照明スタッフがいないので付けっぱなしなのだ。金島は消しっぱなしにしたかったようだが、客の安全を考えれば選択肢はなかった。


「テッたん。客席の照明落として舞台の照明を最大にしてくれ。今すぐや」

「え!? 何で?」


「分かるやろ。明るいとこから暗いとこは見えにくいんや」


 客席を見えにくくすればよいのであれば、サングラス以外にも方法はあるということか。


「分かった。係員呼んでくる」

「そんな時間あるか。係員から説明聞いとったやろ」


「聞いてたけど……そや。月田君かヤス君に……」

「アイツら戻って来る気配ないぞ。一服しとるんやろ。だからテッたんがやれ。早く!」


 開斗にせかされた鉄太は仕方なしに調光卓に向かう。


 係員から説明を聞いてはいたが、正直、聞き流していたので理解していなかった。


 調光卓には上下にスライド可能な〝フェーダー〟と呼ばれるツマミが沢山ならんでいる。上に動かせば明るくなり、下に動かせば暗くなるということまでは憶えていた。


 ただ、どれを動かせばいいのかは全く憶えていない。各ツマミの基の部分にはアルファベットで略称らしきものが記されているが、それらの意味は類推できなかった。


 せめて漢字であればまだ分かったはずだ。鉄太は漢字を読むことは苦手であるが、日常的に接する漢字であれば大体ニュアンスで分かるのだ。


 脂汗をアゴからしたたらせながら調光卓と(にら)めっこしていると、開斗がさらに「まだか?」と追いこんで来る。


「今やる」と返事した鉄太は、どうなっても知らんと思いながら、調光卓でひと際目立つ赤いフェーダーを摘まんで一気に下げた。


 直後、客席から悲鳴が上がった。


「上手くいったみたいやな」

「……あんなぁ、カイちゃん……」


「何や?」

「照明全部消えた」


「はぁ? 全部て?」

「客席も板も袖も全部や」


 よりにもよって鉄太が動かしたのは、マスターフェーダーと呼ばれる全ての照明を制御するフェーダーだった。


「何やってんねん! すぐ戻せ!」

「無理や。暗くて分からん」


 客席からの悲鳴に驚いた鉄太はフェーダーから指を放してしまっていた。

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次回、11-10話 「空港のお土産屋で売ってます」

つづきは5月25「日の日曜日にアップします。

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