11-8話 取り出したピンク色のアイテムを
「今回はやめときますか? なんなら、ワイらと一緒に4人で上がってトークとかにしてもええですし……」
開斗が打開策を提案するも、第七艦隊からの反応はなかった。
鉄太は自分がイップスだった頃、どのように舞台に上がったか思い出してみる。確か開斗から黒塗りのサングラスを進められ、目隠し状態で漫才を行っていた。
「兄さん。もし良かったら、コレ使います?」
鉄太は自分の胸ポケットにぶら下げていたサングラスを摘まんで見せた。
このサングラスは普通のサングラスなのでマジックで塗り潰されていない。ただ、目をつぶっていても客にバレないので同様の効果は得られるだろう。
とは言え、イップスは人それぞれなので、鉄太に効いたからといって他の人に効くかは正直分からない。気休めぐらいにはなれば儲けものだ。
セーラー利根は右手をブルブル震わせながら、ゆっくりと伸ばしてきた。
だが、彼の指がサングラスに触れようとしたその時、キャプテン本村が「バカにすな!」と叫んだ。
「そ、そんなモンに頼らんでも大丈夫や……お、俺らにはコレがあるんや……」
荒い呼吸をしながら、キャプテン本村は指組をした両手の手首を見つめる。
彼の手首には、赤色と黄色の2本のブレスレットが両手を束ねるようにしてはめられていた。それは、穴の開いた半透明なプラスティックの玉をゴムヒモで結わえた夜店の景品のようなオモチャであった。
「テッたん。兄さんらのコレって何や?」
「……鷺山はんのブレスレットや」
「鷺山? 鷺山て四号室のインチキ霊媒師のことか?」
「だ、誰がインチキやと!? せ、先生を侮辱すんなや!!」
開斗の言葉がキャプテン本村の地雷を踏みぬいてしまったようで、彼は激高して立ち上がった。
しかしその瞬間、バチッっという音と共に両手を束ねていたブレスレットが弾けた。赤と黄色の玉が花火のように宙を舞う。
ゴムヒモが切れたのだ。
数百円程度のアイテムに、彼の願いは重すぎたようだ。
茶髪の天パデブと金髪のロン毛デブは、まるで穴の開いた空気人形のように床に崩れ落ちると、泣きながら散らばった玉をかき集めだした。
「テッたん。何が起きとんのや?」
「いや、その……」
説明を求める開斗に鉄太が言い淀む。いくらなんでも先輩の憐れな姿を実況するのは憚られた。
「も、もう時間っす」月田が悲鳴を上げそうな顔で、壁の時計を指さしてきた。
「……しゃーない。行ってこい……でも、少しでええから時間かせいでくれ」
開斗は月田とヤスに第3部のアナウンスをするように指示する。彼らは了解の返事をするも当惑しながら舞台に出て行った。
「ホンマすんません兄さん。今回は漫才、やめときましょ。ワイらも一緒に出ますんで一緒にトークしましょ」
開斗は這いつくばっているデブ2人に向かって再度の提案をした。
やむ得ない判断だ。
鉄太も、今の第七艦隊に漫才させるのは正直キツイと思う。
だが、キャプテン本村は承知しなかった。
「バカヤロー! やめれるわけないやろ! ここまで来て! それとも最初から俺らをハメようとしとったんか!」
「そんなワケないですやん。そんなんより、この状態で漫才してお客さんに失礼ちゃいますか?」
「チクショー。何が客やー! どうつもこいつも俺らをバカにしくさりおってーー!」
過呼吸になりそうなキャプテン本村。彼の精神状態が危険な方向に加速していく。
一方、セーラー利根は相方を無言で見つめている。
「利根兄さん」開斗は説得する相手を変える。しかし、置物のようにしゃがんでいる彼からは何の反応は帰ってこなかった。
窒息してしまいそうな空間に舞台からのアナウンスが届く。
『それでは、みんなで呼んでみましょう。せーのーー』
「「「だいななかんた~~~~~い!」」」
『声が小さいっす。そんなんじゃぁ出てこないっすよ。もう一丁! せーのーー!!』
「「「「「「だいななかんた~~~~~い!!」」」」」」
客席からのコールに開斗が狼狽する。
「アホかアイツら……どんな時間稼ぎしてんねん。ヒーローショーちゃうぞ」
月田なりに必死なのだろうがイップスを患う第七艦隊にとっては増々出て行きにくい雰囲気だ。
と、その時だった。鉄太の右手がズボンのポケットの上から、ある感触を伝えて来た。
「あの……本村兄さん……」
「やかましい! 殺すぞ!」
鉄太を見ずに怒鳴りつけるキャプテン本村は、拾い集めた玉を切れたゴム紐に通そうとしているが、両手がブルブル震えており、1つであろうと穴を通すことが出来そうにない。
「兄さん。実は、鷺山先生から預かってたモンがあるんですけど……」
鉄太はポケットから取り出したピンク色のアイテムを、キャプテン本村の目の前に差し出した。
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次回、11-9話 「何やってんねん。すぐ戻せ」
つづきは5月18日の日曜日にアップします。