11-6話 本人の意思でどうにもならぬこと
(ひょっとして機嫌が良ぇんか?)
喫煙を咎められ、素直に従ったばかりか、嫌味さえ言い返してこない金島に、違和感を感じた鉄太。
24時間営業で不機嫌を売っているような男が機嫌が良いとか逆に不気味である。
「オッサン。お客がえらい増えとるようやけど、何かやったんか?」
イライラを募らせながら開斗が再び詰問した。
しかし、社員の無礼な物言いに対しても、金島の余裕は崩れない。彼はヤスに誘導され、ヤスが座っていた箱馬に腰を下ろす。
「客入りが少なかったら経営者として何かするのはあたりまえじゃ」
「だから何をやったか聞いとんのや!」
「フン……普通に呼び込みを掛けとるだけじゃ」
「呼び込みぃ? どこにそんな人手…………まさか、大八車兄さんら使うとるんとちゃうやろな!?」
(あっ!)鉄太は心の中で叫んだ。大八車らが、客席にいないことが妙に引っかかっていたのだ。
特に、芸より媚に命を懸ける井手駒が、顔見せだけして帰るなどという浅い媚をするのだろうかとも思っていた。
さらに、大八車を始めとする十数人に昼食を奢ったという金島らしからぬ気前の良さ。
状況証拠は揃っている。鉄太は金島の挙動を見守った。
しかし、彼は何の意思表示もしない。だが、否定しないことが答えと判断したのか、開斗は金島を詰る。
「何、考えとんねんオッサン。他の事務所の連中を勝手に使ったら問題になるやろ」
「何の話じゃ? 客引きは奴らが自発的に言い出したことじゃ。そいつらの復帰の舞台なのに客が少のうて可哀そうじゃと言うたらな。ま、友情出演ならぬ友情客引きじゃの」
キャプテン本村とセーラー利根の2人を見ながら、そう宣う金島。その言葉に開斗は大きく舌打ちした。
「余計な事をしくさりやがって……」
「あぁん!? 何が余計な事じゃ!」
開斗の呟きを耳ざとく聞いた金島は怒気を発して立ち上がった。すると開斗も「一言ぐらい相談あってもええやろ」と言いながら立ち上がった。
彼らは無言で歩み寄る。
鉄太は頭を抱えたくなった。折角、金島が奇跡的に機嫌が良かったのに結局こうなってしまうのかと。
仕方がないので、いつものように仲裁してくれないかとヤスに視線を送ったのだが、何としたことか、そっぽを向かれてしまった。
どうやら、社長の頑張りを否定した開斗に腹を立てているようだ。
他に頼れる人はいない。月田では力不足だし、第七艦隊に頼めるはずもない。
本当に心底嫌なのだが自分が仲裁するしかない。
「あの社長はん、実はですね……」
そもそも、第七艦隊の事情は金島には伝えていなかった。鉄太は、キャプテン本村やセーラー利根が抱える心の病と、リハビリの一環として舞台に上がる旨について手短に伝える。
金島は呆れたように吐き捨てた。
「慈善事業ちゃうぞ。そがいに客が怖いなら、ライブ終わってから板に上がればええじゃろが」
「アホかオッサン! そんなん意味ないやろが!」
開斗と金島はいがみ合いを始め、また振り出しに戻ってしまう。
無力感に打ちひしがれる鉄太だったが、そこに月田から助け舟が出される。
「もう、休憩時間終わるっス」
「後で覚えとけよ」
「知るかボケ」
彼らは互いに捨て台詞を吐いて背を向けた。金島は不機嫌を隠さない歩みで舞台袖から出て行く。
ヤスは兄貴の後を付いて行きたそうな素振りをみせる。だが、ゴールデンパンチには第2部の始まりを告げる進行としての役目があるのだ。
彼は「お疲れさまでヤス」と、金島の背中に向かって深々とお辞儀をした。
アロハシャツが見えなくなったところで鉄太は大きく息を吐き出した。休憩時間にも関わらず休憩した気がしない。
正直、このまま舞台に立つのはしんどい。だが、第2部はトークである。
開斗との事前の打ち合わせでは再結成後のエピソードを緩い感じで話せばOKとのことなので不幸中の幸いというヤツであろうか。
しかし、鉄太がよっこらしょと、腰を上げたところで開斗がトンデモない発言をする
「おい、テッたん。次の舞台、トークやのうて漫才にしてんか」
「えっ!? 次の舞台? もしかして次のライブの話?」
「喃照耶念! これから始まる第2部の話や」
100歩ツッコミを入れられて鉄太は仰け反った。
「カイちゃん、話がちゃうやん! トークでえぇ言うてたやん。そんなん直前で言われても……それにお客さんかてモヤモヤすると思うで。素直に笑われへんわ」
「しゃーないやんけ。けど、何言うても笑うぐらいにしとかんと、地獄のような空気になるかもしれへんのやぞ」
すると、鉄太が返事するより前に、セーラー利根が異議を唱えた。
「霧崎。ちょっと言い過ぎちゃうか? 俺らかて覚悟決めてここに来とんのやぞ」
「兄さん。覚悟って何ですの? 兄さんらの病気は覚悟で何とかなるモンですか?」
開斗はイップスだった鉄太のそばにいた人間だ。脳のバグとも言われるそれが、本人の意思でどうにもならぬことを知っている。
「……病気とか言うな」
金髪のロン毛デブは開斗から目を背けた。
視線の先にいた彼の相方はずっと俯いており、赤と黄色のブレスレットを握りしめながら荒い呼吸を繰り返していた。
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次回、11-7話 「4人で上がってトークとか」
つづきは5月4日の日曜日にアップします。