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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十一章 開演
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11-5話 阿吽の呼吸に感心を

『どうもありがとうございました』


 2人そろってお辞儀をして下手(しもて)に掃ける。鉄板ネタと言うだけあって、客席は大いにウケていた。


 このタンタンメンというネタは、中間の掛け合いを短くも長くもできる上に、オチも客層に合わせて変化させることも出来るので重宝している。


 今回のライブは年齢層が高いのでオチを麻雀にしたのだが、子供や主婦層が多い場合には、鉄太が「ワンワンメン、ニャンニャンメン、ワンちゃんメン」と噛んでパニックになる展開を用いるし、逆に高齢男性しかいない場合では、もっとディープな麻雀用語を追加したりするのだ。


 下手(しもて)の舞台袖に辿り着いた鉄太は月田とヤスの登場を見守もろうと足を止めた。

 だが直後、開斗から小声で怒鳴られる。


「何してんねん。次もワイらの出番やぞ」

「あ、そやった」


 鉄太は慌てて、上手に戻るため、中割幕で仕切られた後ろに向かう。


 出来ることなら出番は、満開ボーイズとゴールデンパンチを交互にしたかったのだが、いかんせんゴールデンパンチのネタで(かろ)うじて使えるのは2つしかなかったのだ。


 開斗を伴って速足で進んでいると小声で話しかけられる。


「────テッたん、何かおかしなかったか?」


「腹減ったんか?」

「お菓子ちゃうわ。客席の様子が変じゃなかったか言うてんねん」


「変? そりゃ今日の客は変なヤツしかいてへんから変といえば変やろ」

「そーゆー意味の変ちゃう。もっとこう……違和感っちゅーか……」


 違和感の正体を探ろうとしていた開斗だったがそんな時間はなかった。上手(かみて)に戻るまでには30秒もかからないのだ。


 上手に到着した2人は、そのまま舞台に「まいど~~~~」と叫びながら走り出た。

 

 楽天家の鉄太は開斗の不安を軽視した。しかし、3度目の舞台に立った時、鉄太も言葉に言い表せない違和感を感じた。そしてその正体に気付いたのはその漫才の最中だった。


 やけに客席の扉が開くと思っていたら入って来た客たちは、誰も座っていなかった席に座っていくのだ。トイレ休憩などで席を外した人々ではありえない。ということは────


 漫才を終え舞台袖に掃けた後、鉄太は開斗に話しかける。


「カ、カイちゃん……お客さんの数、えらい増えてるで」

「マジか。どんくらい増えた?」

「ん~~。倍ぐらいかなぁ」

「倍!? もしかして雨上がったんか?」


 普通のライブでも遅刻してくる客はいるので、開場してから客が増えるのは不自然なことではない。特に今日のような悪天候であればなおさらである。とはいえ、遅刻の客は多くても1割程度。数が倍になることなどありえるのだろうか?


 ただ、元々の客数が100人未満と少なすぎたため、チケットが150枚売れたことを考えれば絶対ないとも言い切れない。


 腑に落ちない気持ちを抱えたままライブは進む。そして、客はどんどん増え続ける。


 第1部が終わった時には、なんと客席の3分の1が埋まっていた。


 休憩時間、上手(かみて)の舞台袖に鉄太、開斗、キャプテン本村、セーラー利根、ヤスの5人がいた。それぞれ箱馬を椅子代わりに、無言で腰かけている。


 普通であれば客入りが増えることは喜ばしいことである。ところが、今回ばかりは、そう言えない事情があった。


 客入りの見込めない自分たちのライブが、イップスを(わずら)う第七艦隊のリハビリになるだろうと思い、ゲストとして彼らを(まね)いているのだ。


 埋まっていく客席を目にした第七艦隊の2人は顔面蒼白である。


 そこに、月田が駆け込んできた。


 開斗の目の前に辿り着いた月田は、息を整えてから報告する。


「まだ雨振ってたっス」

「マジか……」


 客入りが増えた原因は天候の回復によるのではと推測していた開斗は、後輩らを外に偵察に行かせていたのだ。


 しばらく考え込んでいた開斗だったが、突如、誰もいない舞台袖の出入り口に向かって大声で問いかけた。


「オイ、オッサン! 何かやったやろ?」


 すると、パンチパーマにアロハシャツを着た男がドカドカと足音を鳴らして現れた。金島である。


 彼は、煙草を吹かしつつ軽やかな足取りで舞台袖に入って来た。


 すると開斗はスンスンと鼻をヒクつかせると「コラ! ここは禁煙やぞ!」と怒声を飛ばす。


 鉄太の背中に冷や汗が流れる。


 無論、相方の主張は全面的に正しい。


 舞台袖にはセットのハリボテなどが置かれていることが多く、それらは極めて燃えやすい。それゆえこの場所での喫煙は断じて許されることではないのだ。


 ただ、相手は理屈の通じないヤクザもどきである。


 おまけに、今回は漫才オンリーなので舞台セットなどは置かれていない。


 ケンカが始まることを覚悟したした鉄太だったが、意外なことにそうはならなかった。


 金島は一服しながらヤスを手招きする。するとヤスは飼い主に呼ばれた犬の如く駆け寄るとポケットから携帯灰皿を取り出た。携帯灰皿といっても皿ではない。小銭入れとしても使えそうな平ぺったいポケット状のアイテムである。


(今ので灰皿とか、よく通じたな)鉄太は彼らの阿吽(あうん)の呼吸に感心をする。


 ただ、あの男が人の注意に素直に従うのは意外であった。一体どうした風の吹き回しかと(いぶか)しんでいると、妙に口角が緩んでいることに気が付いた。

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次回、11-6話 「本人の意思でどうにもならぬこと」

つづきは4月27日の日曜日にアップします。

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