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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十一章 開演
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11-3話 全力を振り絞ることを決意した

『オラーーーーー!』


 ヤケクソ気味に飛び出した月田とヤス。


 マイク前で止まった2人は、息を合わせ、無言で「せーの」と言ってから、「俺たち! ゴールデ―――――ン、パ――――――ンチ!!」と叫んで、月田は右の拳、ヤスは左の拳を突き出した。


 後輩が無事登場したのを見て、鉄太は安堵の溜息を吐く。


「よし。アッチ戻ろか?」

「オウ」


 鉄太は開斗を伴い、中割幕で仕切られた後ろをゆっくり歩いて進む。音を立てないのは当然として、中割幕は緞帳(どんちょう)のように頑丈(がんじょう)ではなく、少しの風圧でも揺れてしまうので、走るのは厳禁である。


 舞台上手(かみて)に戻るとすぐ、小声で開斗が話しかけて来た。


「そう言えば、あの人らおらんけどどこ行ったんや?」

「あの人らて?」


井手駒(いてこま)兄さんたちや」

「どゆこと?」


 開斗によると、楽屋見舞いに来ていた大八車や大三元らの笑気が感じられないという。


「普通に帰ったんちゃうか?」鉄太は言われるまで彼らの存在を忘れていたし、正直、いない方がありがたいまである。なので開斗の問いを適当に受け流した。


 それに、そんなことよりも、後輩たちの漫才が気になっていた。それというのもチョイチョイ客席からの笑い声が聞こえるのだ。


(何が起きとんのや?)


 鉄太は袖幕の隙間から客席の様子を(うかが)うと、主に同業者の連中が笑っていた。


(マジか)


 中でも林冲子(はやしおきこ)笑天下(しょうてんした)の連中が大笑いしていた。


 ゴールデンパンチの漫才は、ツッコミをボケが()けるという非常識なスタイルである。どうやら漫才の(つたな)さと相まって、本職の者たちには非常にナンセンスと感じるようだ。


 鉄太は胸をなでおろした。同時に、どう見ても自分たちの漫才の方が面白いハズなのにといった嫉妬めいた感情が微妙に湧いてくる。


「お前らん時よりウケとんのとちゃうか?」


 急に話しかけられ、ビックリして振り向くとなんと後ろに金髪のロン毛デブことセーラー利根がいた。


 先輩といえど、デリカシーの無い物言いに鉄太は「まだ出番来てませんよ」と嫌味ったらしいことを言った。


「楽屋おっても何もすることないわ。それよか、ここでお前らの漫才勉強させてもらうわ」

「そんな、勉強やなんて……」


 鉄太は言葉に詰まった。というのもセーラー利根の顔色が極めて悪いのに気付いたからだ。あと、彼の相方が見当たらないのも気になった。


「本村さんは?」

「……アイツはトイレにこもっとる」


(これ、相当アカンヤツやな)そんなことを思いながら鉄太は開斗の所に戻り、小声で告げる。


「カイちゃん。次、本気で行くで」

「いつも本気でやれ」


「そんなん言うてるんとちゃうわ。鉄板ネタで行く言うてんねん」

「鉄板ネタぁ? 宇宙漫才でもやんのか?」


「……タンタンメンで行こか」

「大して変わらんやんけ」


「じゃあ、何ならええねん? 10分の尺やで」

「別に何でもええけど」


 そうこうしている内に舞台から「ありがとうございました」との声に続いて拍手が聞こえて来た。

 ゴールデンパンチのネタが終わったらしい。


 彼らの次は、また自分たちの出番である。


「ほな、タンタンメンで行くで」

「応」


 開斗の承諾を聞くと、鉄太は自分たちが舞台に出るタイミングを見計らうために、舞台に目を向けたのだが、あやうく叫びそうになるくらい仰天した。


 というのも、あろうことか月田とヤスが上手側(かみてがわ)に戻って来たのだ。


 2人は興奮状態であり、特にヤスにいたっては瞳孔が完全に開いている。今、彼には世界がさぞかし(まぶ)しく映っていることだろう。


「どうでした?」月田は開口一番、舞台袖に辿り着くと胸を張りながら鉄太と開斗に感想を求めて来た。漫才で客を笑わせたのがよほど嬉しかったのか、ホメて欲しすぎるあまりコチラに来てしまったようだ。


 しかし実際の所、笑わせたいうより(わら)われたというのが正解だ。今回笑いが取れたのはアンチテーゼが上手く(はま)ったからにすぎない。


 鉄太が注意しようとして一歩踏み出したところ、開斗に右手で制された。


「お前ら。上手(かみて)に戻って来るヤツがおるか。舞台から掃ける時は下手(しもて)や」


 冷や水を浴びせらるような開斗の言葉に月田は真顔になった。そして「すんまへんでした」と力なく頭を下げた。ヤスはピンと来ていないようであったが相方に合わせて頭を下げた。


 そんな彼らに開斗は「漫才はオモロかったで」と告げた。


 顔を跳ね上げる月田とヤス。


 彼らが口を開く前に、開斗は「行くで」と鉄太の背中を叩いた。


『どうも~~~~~~』と声を張り、鉄太と開斗は舞台袖から駆け出した。


 駆けながら鉄太は安堵(あんど)した。自分が説教せずによかったと。


 もしあの時、開斗に止められていなかったら、妙な嫉妬心から強めの言葉を使っていたかもしれない。その場合、次の出番で委縮してしまうかもしれない。


 それに、笑わせたという勘違いは案外悪いことではない。それよって自信が付くならネタが堂々できるというものだ。


 自分だって幼少の頃、父とした(つた)い漫才で、母が笑ってくれたことに、自分には才能があると勘違いして漫才師になったようなものである。


「シャッ!」


 マイク前に辿り着くと鉄太は気合を発し気分を入れ替える。これまでは他人事のような気分であったが、先輩のため、後輩のため、ひいては自分たちのために全力を振り絞ることを決意した。


小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。


次回、11-4話 「ワンタンタンタンちゃんぽんメン」

つづきは4月13日の日曜日にアップします。

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