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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十一章 開演
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11-2話 出来ることなら己の意思で

「へ~~。三笑(みえ)県からいらっしゃったんですか~~」

「遠い所からありがとうございます」


 開演の挨拶のフリートークで客いじりをする鉄太と開斗。わざわざ挨拶で10分取っているのは会場を暖める役目を前説に持たせなかったからである。


 ただ、フリートークをする上で懸念(けねん)点が1つあった。


 時間管理である。


 ネタであれば、ほぼ正確な時間で終えることができるがフリートークでは至難(しなん)と言わざる得ない。なので普通は客席にタイムキーパー役のスタッフを配置して合図を送るなどの手段をとる。


 ただ、人手不足のこのライブでは、それを誰にやらせるのかが問題であった。


 満開ボーイズとゴールデンパンチは交互に出演するので、鉄太、開斗、月田、ヤスは常に舞台袖にいなければならず候補から外れる。また、第七艦隊に頼むのは好ましいことではない。


 と言うわけで、消去法から金島に担当させることになったのだが、果たしてあのニコチン中毒者が休憩時間まで喫煙をガマンできるのか不安である。


 取り敢えず、最初の合図は金島から送られて来た。ちなみに合図はペンライトを光らせて知らせる方法である。


 ペンライトの発光を確認した鉄太は「では、そろそろ始めましょうか」とトークの切り替えに入る。


 最初のネタは『井の中の(かわず)』である。


 これを作ったのは最近であり、それほど披露していないので、マンネリと(そし)られることもないだろう。


「少し前の話なんですがワテら、野球の始球式やらせてもうたんですよ」

「そうそう。オーマガTVの〝どえらい変態〟って企画で、コイツがパンイチになって、体でボールを受け止めるヤツです」

「誰がどえらい変態やねん! 言うときますけどアレやらせです。ワテは被害者なんです」


「せやかて、ホンマはオイシイって思ってんちゃうか?」

「思うか! 子供から石投なげられたりして最悪やねんぞ。そんなことより始球式どうやった? 大リーガーに投げてみて」


「流石フーネ選手やったわ。素人に毛が生えた程度のワイじゃ手も足も出んかった」


「なるほど。それは(ことわざで)言う、ナニの中のアレってやつやな」

「なんやそれ。1つも分からんわ。 もしかして〝井の中の(かわず)〟のことか?」


 鉄太たちの漫才は三笑方(さんしょうほう)の定理を用いたものである。


 三笑方の定理とは、演者、客、同業者を満遍(まんべん)なく笑わせるための、均整の取れたボケとツッコミを行う方程式であるが、裏を返せばネタは尖りすぎずテンポはゆったりしたものであり、同業者に対してはパンチ力にやや欠ける。


 なので、藁部(わらべ)や五寸釘、ストラトを始めとする笑林寺(しょうりんじ)の連中がさほど笑っていないのは仕方がないことなのだ。しかし、最悪なのは林冲子(はやしおきこ)率いる笑天下(しょうてんした)の連中で、何の(うら)みか知らないが、歯を食いしばったその表情からは絶対に笑ってやるまいという断固たる意思を感じる。


(ほな、見に来るなや)


 鉄太は集中を切らさないように注意しつつ漫才を続ける。


 幸いなことに変態老人たちのほとんどが〝ゲラ〟であった。〝ゲラ〟というのは何を言っても笑うような笑いの沸点が低い人を指す。


 鉄太は変態老人たちを起点として笑気を高めることに務めた。




『どうもありがとうございました』


 まばらな拍手の中、鉄太と開斗は漫才を終え舞台下手に履ける。


 1000人キャパの劇場で100人程度の客しか入っておらず盛り上がりに欠けるように感じるのも仕方がない。だがそれを差し引いても満足のいく結果ではなかった。


(ちょっと本ネタに入るのが強引すぎたかな……あと、カイちゃんが高校野球やっててエースやったってことも言うの忘れてたし……)


 新ネタにしたことが裏目に出てしまったかと反省する鉄太。


 それほど失敗したワケでもないのだが、満開ボーイズには、後に続くゴールデンパンチのために少しでも笑気を高めておかねばならないという役目があったのだ。


(ま、反省は後回しや。さっさと戻らんとな)


 ゴールデンパンチの次には、また自分たちの出番である。


 舞台は中割幕が閉じられており、舞台は前後に(へだ)られていた。今回の舞台では漫才オンリーなので奥行は不要だ。なので、舞台の後ろ半分を上手(かみて)に戻る通路としている。


 鉄太はその即席通路を進んだが、後ろに相方が続いて来ないことに気付く。戻ってみると開斗は舞台上手(かみて)の方を向いて腕を組んでいた。


「どないした? カイちゃん?」


「何でもあらへん」


「もしかして2人のこと心配してんの?」

「いや」


 だが、そう言いつつも、開斗は下手(しもて)の舞台袖から動こうとしなかった。


 そう思えば、前説の時、月田とヤスは踏み出すのに時間が掛かっていた。もしかしたら今回はさらに時間がかかるかもしれない。


 さりとて、彼らのためにいつまでも待つことなどできない。


 鉄太は開斗の意図を察した。

 万が一の際は下手(しもて)から登場して彼らに代って舞台に出るつもりだと。


 上手(かみて)に戻って2人の背中を押した方が良いような気がしないでもない。しかし、どのような手段をとっても彼らの心にトラウマを植え付ける可能性がある。


 出来ることなら己の意思で舞台に出て欲しい。


 タイムリミットはあと20秒といったところか。


 果たして────

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次回、11-3話 「全力を振り絞ることを決意した」

つづきは4月6日の日曜日にアップします。

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