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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十章 ライブ
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10-6話 レストランのタコライス

 食事を終えた鉄太は、客入り具合を確かめるべく1人で様子を見に行ったのだが、ロビーは予想以上に閑古鳥が鳴いていた。あと、予想通りというか何というか、受付のバイトが開場時間を把握しておらず勝手に客を入れていた。バイトを手配した金島の責任であろう。


 鉄太は楽屋に戻り、客が少ない件のみを開斗に告げる。開場の件を話してもどうせ無用な争いが生じるだけである。


 客入りの報告を聞いて開斗は溜息交じりにこう言った。


「しゃーないやろ。場所がいまいちの上に結構な雨やし」


 確かに、デュエルシティ大咲花(おおさか)は、地下鉄本町駅と四ツ橋駅の中間に位置しており、どちらの駅からも10分程度歩かねばならなかった。おまけに客用の駐車場もない。


 だが、自分たちのネームバリューにそれなりに自信があった鉄太は少なからずショックを受けていた。


 つい先日、球場を満員にした〝どえらい変態〟とは一体何だったのか?


「そもそもや。宣伝に1円も使(つこ)うとらんのに人が来るわけないやろ。興行ナメすぎや。ま、50人来ればええとこちゃうか?」


「いや、カイちゃん、それ少なすぎひん?」


「電話で問い合わせてきた連中はほぼ()ぉへんと思ってええやろな。前売りでチケットは150枚ほど売れとるけど、1000円のため、しかも平日の夜、この雨の中どんだけの人が来るのかちゅー話や。ま、あのオッサンにはええ薬になったやろ」


 いい気味だとばかりに笑い飛ばす開斗であったが、鉄太はとばっちりを恐れた。


「社長はん、ワテらのせいにせぇへんかな?」


「もし、そんなん言うてきたら事務所辞めたったらええねん。前にも言うたがロクに仕事取ってこれん連中をなんでワイらが養ってやらんとイカんのや」


「分かった分かった。もすぐ時間やで。そろそろ着替えよか?」


 仮定の話でヒートアップしていく開斗を落ち着かせるために鉄太は話を打ち切った。



 開演時間20分前。


 勝負服である桜色のスーツに着替え終え、鉄太は開斗を伴って舞台袖にやってきた。


 入り口で月田とヤスに鉢合わせる。


「兄さん、お疲れ様っす。今呼びに行こうかと……」

「ありがとさん。それはそうと、社長はんと、第七兄さんらは?」


 鉄太は彼らに謝意を述べ見当たらない連中の動向について尋ねる。すると、その問いにヤスが答える。


「社長は、第七艦隊さんとお連れの方々と一緒に煙草を吸っていやす」

「ほんま好きやな~~タバコ」


 鉄太の言葉に開斗も苦笑する。


 実は、彼らも昔吸っていたのだが、経済的な事情から強制的に禁煙に成功していた。そして近年、社会の喫煙=悪との風潮から煙草の規制強化が厳しさを増しているので、禁煙出来ていない者に対して妙な優越感を持っていた。


 ちなみに月田とヤスは喫煙はするが愛煙家というほどではない。なので、煙草のエピソードもないためか話題が途切れて妙な間が生まれた。


 間を持たせるための話題として、鉄太は2人に客入りについて聞こうと思ったが、それよりも気になることを見つけた。ヤスの顔面は蒼白であり両手を強く握りしめている。


 相当緊張しているようだ。


 無理もない。ヤスはついこの前まではただのチンピラだったのだ。


 一方、引っ張る立場の月田は腹を押さえるように右手を置いており、これまた顔色は良くない。それなりに場数を踏んでいるはずだが大舞台に弱いクセがあるみたいだ。去年の〈大漫才ロワイヤル〉では本番直前にはトイレにこもっていた。


「まさか前説にビビっとるワケやないやろな?」鉄太は2人に笑いかけた。


 今回のライブで彼らは漫才を1ステージ行う予定だが、前説の役割も与えられていた。


 通常前説とは、来場者に注意事項を伝えるだけではなく、あらかじめ会場の笑気を高めておく重要な役目がある。だが、まだ彼らには荷が重いと判断した開斗は、今回は注意事項を伝えるだけとした。なので、気負う必要など全くないはずである。


 前説でこの状態なら本番はどうなるか心配でならない。


「そう言えば、君ら飯食うてへんやろ。前説終わったら飯食いに行き。なんなら楽屋にカラスミあるから食べてもええで」

「白飯ないのにカラスミ食えるか!」


 特にシグナルを送ったわけでもないが、鉄太は開斗からジャストタイミングで脳天に手刀ツッコミを受ける。


 大げさにコケる鉄太。その様子に思わず吹き出す月田とヤス。


「はははははははは。さすが先輩っすわ」


 緊張がほぐれた様子を見て安心する鉄太にヤスが「食事のことなんでやすが、実は、そこの食堂で社長にご馳走になってきたでやす」と報告してきた。


 この劇場のエントランス前の張り出しの直上部分にはレストランがあった。その昔、食べたタコライスを思い出し、鉄太は生唾を飲み込んだ。


「すんません。兄さんらも呼んでこようとしたんすが、社長から家族水入らずの邪魔するなと言われたんで……」


 バツが悪そうに月田が謝る。


「ええよええよ。別に」鉄太は軽く受け流す。確かにここのレストランのタコライスを食べたかったとは思うが、金島を前にして食べても味などしないであろうからむしろ誘われなくてラッキーと言えた。心の中で開斗の家族に感謝する。


 それに正直な話、第七艦隊の2人に気を使って欲しかった。他事務所で先輩である彼らをノーギャラで出演させるだけでなく、早く呼び出して雑用まがいのことまでさせたのだ。何かしらの(ねぎら)いは必要だろう。「ところで、第七兄さんも一緒やった?」鉄太は恐る恐る尋ねた。


 もし、金島が何もしていない場合は自分たちがそれをなさねばらなないが、後輩の立場では色々気を遣わねばならないのが面倒くさいのだ。


小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。


次回、10-7話 「結婚式のスピーチか」

つづきは3月16日の日曜日にアップします。

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