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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十章 ライブ
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10-5話 袋にエジプト文明堂

「アンタ今、どこに住んでんの?」

「どこでもえーやろ」


「何かあったらどーすんの?」

「何もあらへんわ」


「借金は? アンタぎょうさん借金こさえてるって話やろ? ナンボあんのや?」

「半年で500万返済しとんのや。来年には完済できるやろ」


「それ、笑戸(えど)におったからやろ? 大咲花(おおさか)で同じように稼げるか?」

「……」

 

 開斗は押し黙った。指摘されたように、大咲花(おおさか)に戻って来てからのギャラでは、飲まず食わずであったとしても年内の完済など不可能としか言いようがなかった。


「ホンマどーすんの? 目も見えへん、借金もぎょうさん抱えとる。そんな男、誰がもろてくれると思てんねん」

「余計なお世話言うてるやろ! ええから早よ帰れ!」


 親の心子知らず。始終邪険にされ、目頭を押さえる開斗の母親に項垂れる妹と弟。いたたまれなくなった鉄太は、少しでも安心させてやりたくなった。


「ちょっといいですか? さっきの誰がもろてくれるって話なんやけど、実はですね……」

「おいコラ、テッたん!!」


 鉄太が何を言うつもりか察した開斗は大声を張り上げた。

 察したのは開斗の家族も同様で、彼らはお通夜雰囲気から一転、瞬時に色めき立った。


「ちょっと、ちょっと、何、何!? 鉄太ちゃん」

「え!? マジで?」

「鉄兄さん、ホンマですか!?」


 あまりの食いつきの良さにビビッていると、開斗が「お前イランこと言うたらマジで(なます)斬りにすからな!」と、手刀ツッコミの構えをして脅して来た。


「分かった。分かったから落ち着いてくれ!」


 相方をなだめる鉄太。


 血だるまになるのは絶対ゴメンなのだが、さりとて、一連の開斗の言動を不愉快に思っていたので言いなりに口を(つぐ)むのは腹の虫が収まらない。


 大体〝普通に暮らせている〟とかサラっと言ってたが、一体誰のおかげで〝普通〟に暮らせているのかと思っているのだ。


 鉄太は、笑気のシルエットで開斗に悟られないために、義腕の手を人差し指一本立てた状態に変形させ、義腕の手首を(つか)むと、その人差し指を自分の唇の前に持って行った。


 開斗の家族らは無言で(うなず)いた。


 そして、鉄太は義腕の肘をゆっくりと傾け、立てた人差し指をテーブル上の楽屋花に向ける。


 3人は身を乗り出して楽屋花の立て札に目を走らせると、互いに顔を見合わせニヤリと笑みを浮かべた。


「開斗、お母ちゃんらもう行くわ。ほな、鉄太ちゃんよろしゅうな」

「おじゃましました」

「ライブ頑張ってください」


 白々しい口調で辞去の挨拶を述べながら3人は立ち上がった。


「何や?」

 一変した空気を不審に思った開斗は、笑気を飛ばして周囲の様子を把握しようとするが後の祭りである。


「おおきに~~。ほな、さいなら~~」

 鉄太は出入り口まで見送りをした。



「おい、何したんや?」

「何って何? 何もしてへんよ?」

「ウソこけ。絶対何かしたはずや」

「してへんて。そんなことより、もう時間がないんや。メシ食べよメシ」


 笑気は莫大なエネルギーを使うのだ。3時間のライブともなると、腹ごしらえをしておかないとブッ倒れること間違いない。


 鉄太はカバンから弁当箱を2つ取り出すと、自分と開斗の前に置いた。


「どーせまた耳パンサンドやろ?」

「贅沢言うたらアカン。借金なんぼ残ってると思てんねん」


「そんなん言うてるんとちゃうわ。たまにはチャーパンとかにならんかって言うてんねん」

「チャーパンはアカン。ポロポロこぼすやろ。後片付けするこっちの身にもなってくれ」


 チャーパンというのは、米の代わりに粒上になるまで細かく刻んだ耳パンを油で炒めた貧乏飯だ。柿の種もどきの塩胡椒(こしょう)バージョンと言えば分かりやすいだろうか。


 当然、パン粒には粘り気がないので誰が作ってもパラパラに仕上がるのだが、目の見えない開斗が食べればテーブルやら床やらにパン粒が散らばる。


 それに、後片付けよりも、パン粒を作る工程が片腕の鉄太には苦痛であった。


「そないに食べたいなら、五寸釘にレシピを教えて作ってもらえばええやろ」

喃照耶念(なんでやねん)。それなら普通にチャーハン作ってもらうわ」

「そらそうか」


「それより、ワイのオカンが差し入れ持って来とったやろ。中身なんや?」

「カイちゃん……袋にエジプト文明堂って書いてあるけど……」

「からすみかい! 何でそんなん差し入れに持ってくるんや。せめて菓子とかにせーよ」


 エジプト文明堂はからすみで有名なメーカーなのだ。ちなみに、からすみとはボラなどの魚卵を熟成させた高級食品である。


 また、日本3大珍味の1つとされており、かなりクセのある臭いと味で人により好き嫌いが分かれる。


 そう言えば、からすみは鉄太の父の大好物の(さかな)であった。


 鉄太は子供の頃に食べてみて、その塩辛さと生臭さに2度と食べまいと誓ったものであるが、大人になった今ならば味が分かるかもしれない。


 鉄太はライブが終わった打ち上げで食べてみようと思い、紙袋を椅子の上にそっと置いた。

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。


次回、10-6話 「レストランのタコライス」

つづきは3月9日の日曜日にアップします。

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