10-3話 空気と同化する努力
「己らが霧崎が呼んだゲストか? 名は何じゃ?」
「第七艦隊のキャプテン本村です」
「セーラー利根です」
「ほうか、ほうか。お前らがあの第七艦隊か。何でも、かなりのウデらしいのぉ?」
「滅相もございません。昔の話です。今では板に立つことさえままなりません」
「板に立てん? 何でじゃ? ワケを話してみぃ」
金島が促すと、キャプテン本村は自分たちがイップスに陥った第9回の〈大漫才ロワイヤル〉の出来事を掻い摘んで話し出した。
ちなみに板とは舞台のことを指す業界用語だ。
タバコを吸いつつトークする彼らの言葉に耳をそばだてる鉄太。これからライブだというのに湿っぽい雰囲気勘弁して欲しいと思った。
ただ、それはそれとして、鉄太は第七艦隊に興味を示す金島に違和感を覚えていた。
彼らを知っているかのような口ぶりだったが、その実、彼らの現状について知らなかったようであり、実に胡散臭い。大体他人に気を使うような人間ではあるまいし一体何のつもりなのか?
鉄太が怪しんでいると、コン、コン、コンとドアがノックされる音が聞こえて来た。
返事をする前にドアが開き、「失礼します~~」と現れたのは、ねじり鉢巻きにアゴヒゲがトレードマークの男、大八車の井手駒であった。
彼の後ろには相方の音堂利矢の他、幾人かの見知った顔が見えた。
鉄太と目があった井手駒は滴るような笑みを浮かべながら、顔を突き出すようなお辞儀をした。
開場時間はまだ先のはずなのに一体どうやって入って来たのか? 状況が飲み込めず固まる鉄太。一方、キャプテン本村と、セーラー利根はあわててタバコを消すと立ち上がって、見舞いに訪れた芸人仲間に礼を述べる。
「あ、ありがとうございます。井手駒兄さん、音堂兄さん。でも、どうしてここが?」
「お、おう。ストラトから聞いたんや。水臭いな。どうして俺らに声掛けてくれへんかったんや」
「すんまへん。兄さん。立ち話も何ですからロビーにでも行きましょか」
中に入って下さいと言いたい所であろうが、彼らメインの舞台ではないし、全員入れるにはさすがに楽屋は狭すぎる。
しかし、井手駒は妙に食い下がった。
「別に楽屋に入るのは俺だけでもええで」
「そんなワケにはいかんでしょ」
第七艦隊の2人は金島に一言断ると、井手駒を連れ、芸人仲間と共に去って行った。
「おい、何じゃアイツらは?」
ドアが閉まった直後、鉄太は金島から詰問される。
「はい、笑林の漫才師です。第七兄さんらの楽屋見舞いに来たみたいです」
「人望あんのか?」
「あるみたいですね」
第七艦隊はストラトフォートレスが慕っていたように面倒見の良い先輩らしい。また、コンビ名に数字を持つ者たちと、ナンバーズというユニットで活動をしていたこともあり、彼らの現状を心配している者は多いだろう。
「そう言えばのぉ、ロビーに祝い花が届いとったぞ。たった2つじゃがな」
「そ、そうでっか? 後で見に行きます」
「己ら人望無さすぎと違うんか?」
「え!?」
「もう少し己らに人望がありゃ、こがい苦労することもなかったんじゃがのぉ」
金島は嫌味を言いつつ鉄太にタバコの煙を吹きつけた。すると、開斗が猛然と反論をする。
「こら、オッサン。まさか客入りが見込めんことをワイらに責任転嫁するつもりちゃうやろな?」
「おぉぉん? 責任転嫁ぁ? 事実じゃろ。祝い花が2つしかないのも、開演前に行列が出来んのも紛れもない事実じゃ」
「例えそうだったとしても、それを加味して企画せんかった時点でオッサンの責任や」
「何じゃと!? こんガキゃあ!!」
双方批判の応酬により、楽屋の空気は緊迫する。
しかし、鉄太は(また始まったか)と、心の中でため息を吐けるほどには落ち着いていた。以前は気が気ではないほどハラハラしたものだが、こう毎回毎回罵り合いに付き合っていれば、いい加減慣れるというものだ。
とはいえ、精神安定上好ましいことではない。その上、どうすることもできない。台風が過ぎるのを祈って待つのに似ている。
鉄太がひたすら、空気と同化する努力に勤しむこと数分。金島は「客が少ないからゆうて手ぇ抜いたら承知せんぞ!!」と、捨て台詞を吐いて楽屋から出て行った。
すると、慌ててその後をヤスが追い、やや逡巡して月田が相方について行ったため、楽屋内は鉄太と開斗の2人となった。鉄太は相方に苦言を述べる。
「なんでワザワザケンカ売るマネせんでもええやろ。殴り掛かられでもしたらどないするねん。本番前やで」
「ケンカ売ったのはアッチが先や。それに、本番前やからこそアイツは殴ってこんのや」
「え!? なんで?」
「おのオッサンはな、金が一番の男や。裏を返せば商品であるワイらをどうのこうの出来ひんのや。言わばファッションヤクザ。本物やない」
しかし、開斗の見立てに鉄太は同意しかねた。今までヤクザの人間には何人か会ったことがあるが、その中でも最も怖い目に遭わされたのは金島だった。
笑林寺のようにヤクザの専門学校があって、そこを首席で卒業した男と言われても信じられるほどに。
だが、鉄太は、以前ヤスから金島がかつて漫才師を目指していたと聞いたことを思い出す。
「いやいやいや、だとしてもや」
開斗の主張とヤスの言葉の両方を否定した時、楽屋のドアがまたノックされた。
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次回、10-4話 「真っ先に反応したのは彼の母」
つづきは2月23日の日曜日にアップします。