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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十章 ライブ
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10-2話 葉っぱは同じ3級品

 係員の案内で、鉄太らは搬入した機材を舞台に運び込む。また、係員から舞台袖にある緞帳(どんちょう)の昇降させる操作盤や、照明を操作する調光卓の使い方を教えられる。照明は触らないことになっていたので、教わる必要はなかったと気付いたのは説明が終わった直後であった。


 その後、マイクやアンプ付きスピーカーの動作チェックおよび軽くリハーサルを行った。鉄太らのライブの前に他の利用者がいないからこそ出来たのだが、これはラッキーとかではなく元々稼働していなかった日を金島が安く押さえたからである。


 

 リハが終わったのは17時頃、機材搬入から1時間ほど経っていた。鉄太たちは楽屋へ向かう。その途中、キャプテン本村とセーラー利根は不満を鉄太にぶつけてきた。


「大体、何でアンプ持ち込んでんのや? 小屋の設備使えばええやろ?」

「すんまへん。何か人とかお金とかの都合らしいです」

「何でや? 普通、小屋借りる時、全部込みやろ?」

「いや、何か知らんけど、それは社長はんに聞いて下さい」


 小屋とは劇場の意味である。関西では一般的に、劇場の使用料には音響、照明、などの人件費が含まれる。

 どのような交渉をしたか知らないが金島は劇場側の人件費を削ったようだ。


「別に雑用するのは構わんけど、オマエんとこの社長どうなってんねん。まずは一言挨拶があってもええんとちゃうか?」

「すんまへん。すんまへん」


 平謝りで遣り過ごし楽屋まで辿り着いた鉄太。しかしだからと言って気は休まらない。なぜなら彼らにあてがわれている楽屋は全員で1つだけなのだ。


 その楽屋とは広さにして16畳ぐらいであろうか。部屋の中心に机1つに椅子が4つが備えられ、壁際には化粧カウンターがあり、そこにも同じ椅子が2つ置かれている


 机の席には満開ボーイズと第七艦隊のコンビが相対して座り、化粧カンターにの椅子はゴールデンパンチの二人が座った。


 デュエルシティ大咲花は1968年開業と約20年前のことなので当然楽屋も年季が入っている。


 床に敷きつけられたタイルカーペットは所々変色しており、イスの座面や背面は所々ほつれており、机は傷やタバコの焦げが目立ち、近いうちに取り壊されるとの話もある。


 ただ、そんな古びた殺風景な楽屋だが、机の上に公演を祝う楽屋花が1つ飾られており、その立札には、丑三つ時シスターズと記されていた。


 キャプテン本村は煙草をふかしながら楽屋花を眺め始めた。嫌な予感がする。


「誰やねん? 丑三つ時シスターズって?」

「あぁ……、笑天下(しょうてんした)の漫才師です」


 案の定、問いかけられるもあまり掘り下げられたくない話なので、鉄太は最低限の返答をする。しかし、情報の少なさから逆に質問を誘う形となったようで木村から更に問われることになる。


笑天下(しょうてんした)って一昨日合コンした連中か? もしかして、お前、笑天下(しょうてんした)女芸人にも手ぇ出してんのかぁ?」


「そんなワケないですやん! ってか〝にも〟って何ですの〝にも〟って」


「だってお前、ウヒョヒョ座支配人の娘の許嫁(いいなずけ)なんやろ?」

「ちゃいます!!」


「兄さん兄さん、丑三つ時シスターズのツッコミがウヒョヒョ座支配人の娘なんですわ」

「マジか!?」

「カイちゃん余計な事しゃべらんといて!」


「その上、オホホ座の総支配人とウヒョヒョ座支配人が元夫婦なんで……」

「カイちゃん!! それ言うたらアカン!!」

「利根。立岩の口塞いどけ」

「イエッサー」


 あまり広くない楽屋で鉄太と利根の鬼ごっこが始まる。それまでのギスギスした空気感が一気に和らいだ。


 が、しかし、「何じゃ騒々しい」


 突如楽屋のドアが開き、パンチパーマの男が現れた時、その空気は瞬間的に凍り付いた。


 金島である。


 彼の語気は荒く一見して非常に不機嫌であることが伺えた。


 それもそうだろう。この男は当日券の売上を期待し興業の黒字を皮算用していたのだが、生憎今日は雨である。当日券の売上はあまり期待できないのだ。その上、結局人手不足から受付に2名のバイトを雇わざるえなかったことも想定外の経費となり、ほぼ赤字確定といった感じだ。


 金島の姿を見た鉄太と利根は怒られた生徒のように慌てて席に戻った。そして、ヤスは自分の座っていた椅子を運んできて机の上座側に置いた。


 鉄太は心の中で悲鳴を上げる。ヤスが置いた椅子の位置は鉄太の(はす)向かいなのだ。そんなことになるのだったら、自分の席を金島に譲ればよかったと思ったが後の祭りである。


 金島はヤスの椅子に座るとアロハの胸ポケットから緑色の紙箱を取り出した。彼、愛用の銘柄〝ゴールデンバット〟だ。


 そして、紙箱を振って飛び出て来た1本を金島が咥えると、ヤスは流れるような所作で火を付ける。


 キャプテン本村が恐る恐る金島に尋ねた。


「バットやないですか。両切りなのにそのまま吸うんですか?」


 バットというのはゴールデンバットの通称である。そしてバットのようなフィルターのない両切りのタバコは、葉が口の中に入らないようにするため、タバコを机の上などでトントンと叩いて片側の葉を詰めるといった作法があるのだ。


「長く吸うとれば、コツが分かるようになる。(おどれ)は何を吸うとるんじゃ?」

「エコーです」

「なら葉っぱは同じ3級品じゃき、1本吸うてみるか?」


 第七艦隊の二人は顔を見合わせた後、金島の誘いに「はい、頂きます」「ありがとうございます」と返事をした。


 その様子を眺めて鉄太はホッとすると同時に拍子抜けした。


 と言うのも、キャプテン木村とセーラー利根は、雑用を押し付けられたことに対して金島に一言(ひとこと)言ってやると息巻いていたのだ。


 まぁ、見るからにヤクザな人間に怖気づいたのは仕方がないが、それでも、まるで(ちぎ)りの(さかずき)のようにタバコを受け取って吸い始めるのはいかがなことかと思う。


 彼らに対立して欲しいとは思わないが、金島の派閥が拡大することに、いい感じはしない。

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次回、10-3話 「空気と同化する努力」

つづきは2月16日の日曜日にアップします。

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