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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十章 ライブ
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10-1話 後ろの機材を運び出せ

 5月29日火曜日 ライブ当日。


 この日は朝から雨がしとしとと降っていた。


 鉄太と開斗と月田の3人は地下鉄の本町駅で下車し、傘を差してライブ会場である大咲花厚生年金会館、通称〈デュエルシティ大咲花〉に向かった。


 月田が前を歩き、鉄太と開斗が後に続く。


 当然、開斗は目が見えないため、鉄太の右腕を掴み誘導を受ける必要がある。傘は開斗が差しているものの、さして大きくないこともあり、鉄太の半身は雨に晒されている。


 だが、それも仕方がない。ナップサックの中の衣装が濡れないようにするのが最優先なのだから。


 駅から会場までは徒歩で約7分である。辿り着いた時には鉄太の体はまあまあ濡れていた。


 デュエルシティ大咲花のエントランス前には高さ10m、幅30mはあろうかという張り出しがあり、その下に入った鉄太らは四角い巨大な柱に傘を立てかけて一息ついた。


 現在劇場は、他の催しが行われていないので閑散としている。


「遅かったやないか。待ちくたびれたで」

「足に根っこが生えるかと思ったわ」


 そう言いながら張り出しの反対方向から2人のデブがやって来た。ライブのゲスト出演者。第七艦隊のキャプテン本村とセーラー利根だ。彼らは前の合コンの時のようにメガネやマスクや帽子で変装らしきことをしていた。


 鉄太はズボンのポケットからバッタ(もん)の腕時計を取り出して時間を確認すると、時刻は15:48と表示されていた。


 集合時間は16時なので別に遅刻ではないのだが抗弁しようとは思わない。あの程度の憎まれ口は大咲花では挨拶みたいなものなのだ。


「いや、済んまへん兄さん。どんくらい待たれました?」

「1時間ぐらいか?」

「せやな」


「何でそんな早よ来てんねん。遠足楽しみにしとる小学生か」

「何やと霧崎!」

「カイちゃん!」


 開斗のツッコミにキャプテン本村とセーラー利根のボルテージが上がる。憎まれ口が挨拶と言っても後輩が口にするとなると話は違う。増してや開斗と彼らの相性は良くないのだ。


 とはいえ、幸いなことにそれ以上の口論にはならなかった。


 彼らも一応プロなのでライブ直前に感情に任せての行動は、さすがに(はばか)られたようだ。


 落ち着かない様子の第七艦隊の二人は柱にもたれタバコを吸い始めた。恐らく一時間も前に来たのは不安の表れだ。家でじっとしていられなかったのだろう。


 何しろ彼らは舞台恐怖症(イップス)を患っており、満足に漫才が出来ない状態なのだ。


 ずっと彼らの両手首から赤と黄色のブレスレットがチラチラと見えている。あれは鷺山(さぎやま)という霊媒師もどきから与えられた物だろう。


 一目見てオモチャと思うような粗雑なそれに(すが)っている辺りに彼らの精神状態が(うかが)える。


 かく言う鉄太も、鷺山(さぎやま)から貰ったピンク色のブレスレットを捨てられずにズボンのポケットに入れたままになっているのだが……


 鉄太は気遣って話しかける。


「そう言えば、先日はどうも。お疲れ様でした」

「お疲れさまちゃうわ。ええ加減にせえよ。何んやねんアレ」


 天然パーマの茶髪デブ、キャプテン本村は文句を垂れる。アレというのは笑天下(しょうてんした)過激団の連中との合コンの件だ。


 2日前に鉄太はライブの打ち合わせと称して二人を呼び出し、騙して合コンに参加されたのだ。そして結局、別れ際に会場の集合時間を告げただけであった。


「ええリハビリになったんとちゃいます?」

「なるかボケ」

「シバくど」


「でも、今日は随分調子良く見えますけど」

「左様か? って、そんなことよりライブのプログラム見せい。俺らの出番はどうなっとんのや?」


「ちょっと待って下さい。月田君、紙、持ってる?」


 紙と言うのは、事務所でホワイトボードに書かかれた進行表を手書きで写しそれをコピーした物である。


 月田はポケットから折りたたまれたA4コピー紙を取り出し、広げてからキャプテン本村に「どうぞ」と言って手渡した。


 それに目を通したキャプテン本村の眉間に皺が寄り、横から覗いていたセーラー利根が不平を述べる。


「何やコレ。俺らの出番メッチャ後やんけ。何でこんな時間に呼んだんや?」

「そ、そうですかぁ?」


 (とぼ)ける鉄太。


 彼らの出番は21時20分頃、ライブ開始から2時間20分後なので、20時すぎてからの入りでも問題は無いはずだ。


 しかし、早い時間に呼んだのには理由がある。それは彼らにも雑用をさせるためだ。


 金島屋は総勢5名しかいないので人手が不足しており、金島から第七艦隊にも手伝わせるので18時に呼べと厳命されていたのだ。


 とは言え、そんなことを口にすれば怒りを呼ぶこと必定なので、開斗からは絶対言うなと事前に釘を刺されていた。


「もうすぐウチの社長が来ますんで、詳しいことは社長に聞いて下さい」


 開斗がフォローしてくれた。


 雑用をさせるつもりで呼んだとは言え、鉄太や開斗が他事務所の人間、しかも元先輩に命令は出来ない。使うのであれば金島から直接命令して欲しいという話になっている。無論、彼らが嫌だと言えばそれまでだ。


 なにしろ彼らはノーギャラなのだ。



 さて、16時を少し回った頃、エントランス前にワゴン車がやって来た。


 いつも使っている外車じゃないことに鉄太が驚いていると、奥の運転席から金島が怒鳴った。


「裏口へ来い!!」


 それだけ言うとワゴン車は走り去った。鉄太たちは慌てて後を追った。


 雨に濡れつつ劇場の裏に辿り着くと、裏口前にワゴン車はリヤドアを開いて止まっており、その前にはヤスが待機していた。


 ワゴン車の荷室にはアンプ付きスピーカーなどが置かれていた。デュエルシティ大咲花は荷物を搬入搬出用のプラットフォームがなく評判の悪い劇場であった。


「さっさと機材を運び出せ!」


 運転席から指示を飛ばす金島。


 片腕の鉄太と目の見えない開斗は戦力外なので、他の4人はそれらを濡らさないように急いで運び出す。


 搬出を終えると金島は「駐車してくる」と言い走り去った。この劇場には駐車場すらないのだ。


「おい立岩。まさか俺らに雑用させるために早よ呼んだんちゃうやろな?」

「……詳しいことは社長に聞いて下さい」


 キャプテン本村から詰められるが、鉄太は社長に聞いて下さいの一点張りで応じた。

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次回、10-2話 「葉っぱは同じ3級品」

つづきは2月9日の日曜日にアップします。

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