9-5話 眼差しに畏敬の念が含まれて
ジョッキをテーブルに叩きつけるとニッカポッカの女は吼える。
「黙って聞いておれば破廉恥な!! 連結だと? まさかこのような公衆の面前で我らに交尾をせよと申すのか!!」
静まり返るテーブル。だがそれは林冲子の剣幕に慄いたからではない。彼女が発した言葉と自分たちの認識のズレを吟味しているからだ。
そして島津が林の勘違いを指摘する。
「突然何を言うのでごわすか。おいどんが申した連結とはオッキーゲームの意味でごわす」
「そのオッキーゲームと言うが交尾のことではないのか?」
「知らないのでごわすか? オッキーゲームとは指名された二人がお菓子のオッキーの両端を咥えて唇が触れ合うまで食べるというゲームでごわす」
嘲笑を交えながら説明する島津だが、林の神経を逆なでしたようで彼女はヒートアップする。鉄太にとって望む展開だ。
「汚らわしい! 接吻とは即ち粘膜接触よ。ほぼほぼ交尾と変わらぬわ!」
「キスごときで汚らわしいとか、もしかして……生娘でごわすか?」
「それがどうした。だが、例えバージンであろうとなかろうと、初対面のオスと接吻など出来るわけがなかろう」
「芸人は女を捨てナンボでごわそう。笑いのためにキスもできないようでは芸人失格でごわすな」
「無礼者! 口を慎め!! 我ら笑天下の女芸人を、そこらのメス芸人と一緒にするでない。そもそもバージンとは崇高にして無垢なる乙女の称号よ。その尊さ故にセカンドバージンなる言葉さえ許されておるのだ。恥ずべき童貞と同列に語るでないわ」
「はぁ? セカンドバージン~~? 宇宙一意味不明な造語でごわすな~~。百歩譲ってバージンが崇高なのは良しとするでごわすが、童貞が恥ずかしいとはどういう理屈でごわすか? 未経験という意味では処女と童貞は同じでごわしょう」
「確かに、未成年において処女と童貞は同じと言えるかもしれぬ。だが、成人以降は話は別よ。乙女はオスにとっての獲物であり、四六時中発情しておる獣から操を守ることは至難の業。故に処女は守る年月が長ければ長いほど希少性が増し価値が高くなる。対して高齢童貞とは狩を行うことができなかった負け犬に刻まれる烙印。比べるなどおこがましい限りである」
理論武装に抜かりが無いのか林は立て板に水を流すような弁舌を行う。笑天下の一同から拍手が湧き上がった。
それにしても彼女らは処女に異常に拘っているように感じられる。もしかして、〈赤い糸を黒く染める会〉の構成員は処女であることを精神的支柱にしているのだろうか?
いずれにせよ破廉恥なゲームが有耶無耶になったことは歓迎すべき事態であった。また、日頃、知識でマウントを取って来る島津が口論で劣勢なのも愉快でもある。
鉄太は逃げなくて正解だったと思いながら参加費の元を取るために、せっせと肉料理に箸を伸ばした。
拍手が収まるのを待ってから島津は吐き捨てる。
「何が〝操を守ることは至難の業〟でごわすかぁ? ただ単に売れ残りというだけでごわす」
「随分と必死であるな。さては、お主、高齢童貞であろう」
林の揶揄に応じて手下たちが一斉に「高齢童貞、高齢童貞」と囃し立てた。女性陣は全員林の味方なのに対して、鉄太を始めとする男性陣は観戦モードであり、島津は孤立無援である。
煽られた白スーツの巨漢は顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「レッテル張って言論を封殺しようとか最低のやり口でごわす。根拠のない個人攻撃するのなら、法的手段を取らせてもらうでごわすぞ!」
「ならば、簡単な童貞判別法があるがやってみるか? 自分の鼻の頭を指で強く押してみるがよい」
そう言うと林は人差し指で自分の鼻の頭をピタピタと叩いた。
興味が湧いた鉄太は自分の鼻の頭を押してみる。何かしらの変化が外見に現れるのかと思い、同じように鼻を押している第七艦隊の2人やクンカや下須らと顔を見合わせたが、目立った変化は見当たらなかった。
「え? どういうことやねん?」
「押したらどうやるんや?」
鉄太らの問いにニヤニヤしながら林は答える。
「知らぬのか? 童貞でなければ鼻は凹むと言われておるのだ」
「え? ウソやろ」
「全然凹まへんけど」
鉄太は童貞ではないのだが鼻は凹まなかった。それは娘がいる下須でさえ同じである。
すると島津が高笑いをしながらウンチクを垂れ始めた。
「普通、人の鼻には軟骨があるでごわす。ボクシングとかケンカで鼻を潰されでもしない限り指で押して凹むはずがないでごわす。そんな迷信を信じているからいつまで経っても男が寄ってこないのでごわすよ」
してやったりの顔をする島津であったが、対面の列からは大爆笑が湧き上がった。
「何がおかしいでごわすか!」
「失敬失敬。無論今申したことは迷信の類。しかし、某が童貞判別法を告げた時、実践しなかった者が一人だけいたのだがご存知か?」
林が言わんとすることを悟り、屈辱に身を震わせる島津。
つまり、判別法とは、真実の暴露を恐れる者をあぶり出す罠であったのだ。
完全に勝負あったなと思いながら鉄太がシュバルツシルト枝豆をつまんでいると、林が探るように問いかけて来た。
「1つ尋ねてもよいか? ひょっとしてウヌは女性経験があるのか?」
「え!? いや、まぁ、ありますけど……」
鉄太の答えにどよめく笑天下の一同。彼女らの眼差しに畏敬の念が含まれているのを見て取ると、逆に今まで自分がどう見られていたのか知り複雑な気持ちになる。
すると、第七艦隊のキャプテン本村とセーラー利根が余計な情報をタレ込んできた。
「コイツとんでもないヤリチンやで」
「せやせや。昔、ナンパ橋に住んでんのかってくらいおって、よう女引っ掛けとったわ」
それを聞いた彼女らの眼差しは一瞬で突き殺すような鋭さになり、鉄太は女の敵認定された。
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次回、10-1話 「後ろの機材を運び出せ」
つづきは2月2日の日曜日にアップします。