7-2話 オマエ相方いてへんやん
「幻一郎兄さんは、ケジメのために笑林寺を潰す言うてはった。それは何のケジメや? テッたんの腕がのうなって漫才辞めたことやろ。
だとしたら、腕がのうても立派な漫才できることを証明すればええ。つまり、〈大漫〉でワイらが優勝すれば、幻一郎兄さんも考え直してくれるはずや!」
ちゃぶ台に両手を乗せ、熱弁を振るう開斗。
しかし、説得力が有るようで無いような感じなので、鉄太は返事を渋る。
すると、開斗は耳元でささやいた。
「テッたん……優勝賞金は1000万円や」
「……分かったカイちゃん。出るわ」
自分たちには1000万円の借金があるのだ。返済できれば目ん玉も無くさずに済むし、足もへし折られずに済む。
それに、鉄太にしても笑林寺がつぶれるのは嫌だったし、他に良い考えがあるわけでもない。
「よっしゃ。ほな前祝や。ぱーっと行くで!」
鉄太が同意したのは賞金という副次的な理由からなので、盛り上がっているのは開斗一人だ。
そんな中、月田が彼に水を差す。
「あの~~。霧崎先輩。申し上げにくいんすけど、〈大漫〉申し込み期限、八月末なんで、とっくに過ぎてまっせ」
「何!?」
まるで室内の時間が停止したように誰も動かなくなった。
しばらくすると、開斗がスローモションのように立ち上がり、窓の前の狭い空間をグルグル歩き回る。
二分くらい経ったのだろうか。
何かを思いついたのか、開斗の足がピタリと止まる。
何故か窓を閉めカギをかける。
次に、押し入にしまってあった拵袋の中から刀を取り出す。
また刀の手入れでも始めるのかと思いきや、開斗は鞘をつかんだまま、部屋のドア前に移動する。
開斗の不審な行動に、鉄太と月田は顔を見合わせる。
「どないしたんや、カイちゃん」
呼びかけに無視して、開斗はドアのカギもかける。
「き、霧崎先輩……?」
何か身の危険を感じだのか、月田は開斗とは反対に窓の方へ移動して距離をとる。
「そう言えば月田……。確かテッたんの歓迎会で、オマエ、〈大漫〉に応募したとか言うてたよな?」
鯉口を切るのを見せつけながら、開斗は月田に問いかける。
「え――? そ、そーでしたっけ――?」
しらじらしい返答をする月田だが、開斗の手元から目をそらしたりしない。
「単刀直入に言うわ。出場権譲ってくれ」
断られたら、それこそ単刀を直入しそうな雰囲気で、開斗は月田に凄む。
「無論、タダでとは言わん」
「いや、別に自分、申し込んだ言うてませんやん。言うてませんけど、取り合ず条件が何か言うてみて下さい」
月田は、手を後ろに回して、なんとか窓のカギを開けようとするが、カギに手がかかりそうになる度、開斗が刀を鞘からやや引き抜いて牽制するので、なかなか上手くいかない。
「せやな。例えば、オマエに一番必要なモノとかどや?」
「へ~~……もしかして、相方とかですか?」
月田の問いかけに、開斗は右口角を釣り上げた微笑みでこう答えた。
「ちゃうちゃう。……オマエの命や」
もう無茶苦茶である。
さすがに見かねて、鉄太が仲裁に入る。
「カイちゃん、やめたりーや。それ、ただの強盗やで」
「立岩先輩!」
思わぬ救援に歓喜する月田。
そして母親にすがる子供のように鉄太の後ろに隠れる。
「怖い思いさせてゴメンな月田君。でも、もし〈大漫〉の出場権持ってんのやったら、譲ってくれへん? この通りや」
鉄太は月田の方に向き直って頭を下げる。
しかし、それに対して月田は土下座で応じる。
「……すんまへん。いくら先輩の頼みでも、こればっかりは……。自分も今年の〈大漫〉に賭けてますんで」
「賭けとるも何も、オマエ相方いてへんやん」
根本的な問題を指摘する開斗。
すると月田は、鉄太の右手を両手で握りしめ、こう言った。
「立岩先輩。自分とコンビ組んで下さい」
「つ~~~き~~~た~~~~」
「カイちゃん! タンマ! タンマや!」
地獄の底から響くような声を出して抜刀した開斗を、鉄太は慌てて押し留める。
そして、正座して月田に向き合う。
「あんな、月田君。今年の〈大漫〉に賭ける言うてたけど、予選まで一か月もないやん。〈大漫〉は急ごしらえのコンビが、決勝に進めるほど甘ないで」
「…………」
「無理にとは言わん。出場権、譲ってくれとは言うたけど、ワテら借金まみれやし、今、月田君にあげられるモン言うたらコレぐらいや」
項垂れる月田に、鉄太はちゃぶ台の上に置いてあった果物と饅頭を差し出す。
「これな、今日、オトンの墓参り行ってきてな……。そのお供え物やねん」
鉄太の言葉に月田は、弾かれたように頭を上げる。
「亞院先生のお下がりですか!」
この場合のお下がりとは、お墓や仏壇などにお供えした後、下げた物のことを指す。勘違いしている人も多いのだが、お墓に供えた食べ物は持ち帰るのがマナーである。
また、お下がりにはご先祖の気が入っており、ありがたい物とされている。
月田はヤンチャな見かけとは裏腹に、意外と教養があるみたいだった。もしかしたら、いいとこの子なのかもしれない。
「ありがたく……ちょうだいします」
月田は深く頭を下げた。
つづきは明日の7時に投稿します。