9-3話 御堂筋線の言う事は
「王様ゲ~~~~~~ム!!」
酔いが回り、宴もたけなわとなってきた時、クンカが叫んだ。
危うくウーロン茶を吹き出しそうになる鉄太。
鉄太は合コンについてさほど詳しくないが、それでも合コンの定番と言われる王様ゲームについては、耳にしていた。
それは、クジで決めた王様のリクエストにメンバー内2名が応えるというものだ。
基本的に肉体的接触を伴うセンシティブな命令が多発されるので、安全牌が1つもないこのメンバーでは、ただの罰でしかない。
軌道修正を図るべく立ち上がる。
「何言うてはるんですか師匠。そんなセクハラゲームしたら通報されますよ。山手線ゲームにしましょ。山手線ゲーム」
「山手線~~?! そんな笑戸の路線言われても分からんわ。関西なら御堂筋線やろ」
「ほな、それでええです。御堂筋線ゲームしましょ」
「よ~~し、行くで~~~~。御堂筋線ゲ~~~~~~ム!!」
鉄太は胸をなでおろす。
山手線的なゲームであれば、お題に答えるだけなので、実害は生じないというものだ。
すると割り箸の束を握りしめたクンカが叫んだ。
「御堂筋線の言う事は~~~~ゼッタ~~~~~~イ!!」
「それ、王様ゲームやろ!!」
「おい、婿殿」
「婿殿ちゃうわ!」
下須に怒鳴り返す鉄太。血管が切れそうだ。
「ゲームのことは、娘には黙っててやるから安心せぇ」
「そんな話ちゃいます!」
「じゃあ、何が不満なんや?」
心底不思議な顔をして問いかけて来る下須に「今すぐ老眼鏡買うてきて、女全員の顔見てみい」と叫びたい衝動に駆られる鉄太だが、そんなことを口にしたらどんな祟りが降りかかってくるか知れたものではないので、一度深呼吸をしてからこう答えた。
「いきなり王様ゲームなんてみんな嫌がりますって」
「ほな聞いて見よか? 王様ゲーム嫌な人~~?」
下須の呼びかけにほくそ笑む鉄太。男性陣は言うに及ばず、女性陣からしてもジジイとデブしかいない面子でやりたいとか思うはずがない。
ところが驚いたことに誰も手を上げようとしない。
笑天下の女たちはモジモジしているので、「嫌なら嫌、言うて構へんで」と誘い水を向けたのだが、「我ら笑天下の芸人ぞ! ゲームごとき恐るると思うてか!!」と、林冲子に一喝されてしまった。
(マジか!? コイツ)
これはマズイ。慌てて鉄太は反対意見を引き出すために金髪デブと茶髪デブに問いかけた。
「兄さんら、ええんですか?」
言外に〝あんなのとキスすることになっても〟というニュアンスを含め、彼らに拒否を促したのだが、林冲子の言葉を聞いて変なスイッチが入ったみたいで「笑林寺の芸人魂見たる!」と火に油を注ぐ結果になってしまった。
残るは島津だけである。
ルッキズムの権化であるこの男ならば流石に反対してくれると思ったのだが、彼はスーツの内ポケットから使い捨てカメラを取り出してニタリと微笑んだ。
「──ごわっさん!?」
「安心するでごわす。婿殿の決定的瞬間はおいどんが余さず撮ってみせるでごわす」
酔いが進んでいる赤ら顔の瞳にはドス黒い炎が宿っている。撮った写真をどのように使うかなど聞くまでもなかった。
(自分がキスすることになると思わへんのか?)
酔っ払いに正常な判断を求めるのはムダである。
「分かりました。それでええです」
鉄太が了承すると、一同は盛り上がった。
「その前に、ちょっとトイレ行かせてください」
鉄太はそーっと席から離れる。王様ゲーム了承したのは逃亡を決断したからだった。ところが、鉄太の後から島津が付いて来た。
「連れションでごわす」
何も聞いてないのに答える島津。
一緒に付いてこられると、飲食店はパチンコ屋と違って出入り口が1つしかないので逃げるのは難しい。だが、鉄太は焦らない。
と言うのも、この店の便器は洋式が1つしかないのだ。島津をトイレに入れてしまえば逃げ放題である。
「ゴワっさん。お先どうぞ」
「いや、おいどんは後でええでごわす」
今までされたことがない気配りに違和感を感じながらも鉄太は「ほな、お先に」とトイレに入った。
(もしかして、ゴワっさん、逃げるつもりやろか?)
彼にしてみれば、女優が合コン相手と聞かされてきたワケだから、逃げる理由としては十分だろう。
(後で絶対、参加料返せって言うてくるやろうなぁ?)
鉄太は5千円の捻出に頭を悩ませながら用を済ませ、トイレから出てくると、意外なことに島津はそこにいた。
「……ゴワっさん。おまちどうさま」
驚きつつも、参加料の返還の必要がなくなったと安堵した鉄太。しかし、島津はトイレに入ろうとしなかった。
そればかりか、手を上げて店員を呼ぶ。
一体どういうつもりかと、いぶかしんでいると、駆け付けた海賊コスプレの店員に対して、こう言った。
「おいどんらのグループの幹事はこの、お笑い芸人〈満開ブラザーズ〉の立岩鉄太どんでごわす。この男がもし勘定を払わずに店を出るようなことがあるなら、食い逃げでごわすから警察呼んでほしいでごわす」
「な、な、な、何言うてんのや! 失礼な! 逃げるワケないやろ!」
どうしたワケか、こちらが考えていることは全て見透かされていたようだ。
「それは失礼したでごわす」と、惚けたように謝罪した島津は悠然とトイレの中に消えていった。
(クソ! なんでバレたんや?)
もしかして、以前、藁部が打ち上げの場所を五寸釘経由で開斗から聞いた時、パチンコ屋のトイレで巻かれたと五寸釘に話し、それが島津にも伝わったのか?
いっそのこと、店員に「本当の幹事はあの巨漢です」と嘘をついて逃げてしまおうと思ったが、万が一にも指名手配とか逮捕とかされたら本末転倒だ。朝戸に嫌われるとかいう次元の話ではなくなる。
鉄太はまるで、これから死刑執行される受刑者のような足取りで席へ戻った。
「おっしゃー始めるで~~~~。御堂筋線ゲ~~~~~~ム!! 御堂筋線の言う事は~~~~」
「「「「ゼッタ~~~~~~イ!!」」」」
クンカのコールに鉄太を除いた全員が唱和する。
小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。
次回、9-4話 「ゲヒゲヒと、イヤらしい笑みを浮かべつつ」
つづきは1月19日の日曜日にアップします。