9-2話 すべては下須の手の平で
「すまんな。美少年とはワシのことじゃ」
折角、事態が収まりかけていたのに、蒸し返すような発言をされ彼女たちの緊張が再び高まった。ミリタリールックの松武子は、野球帽を目深に被った老人を睨みつけながら嫌味を言う。
「済まぬ? そのような口先だけの謝罪など余計相手を不快させると分からぬ年ではあるまい」
「何やその言い草は。目上の者に対する礼儀がなっておらんのぉ。笑天下ではと年長者に対する礼儀作法を教えとらんのか?」
「今、何と申した!?」
下須の不用意な発言は場の空気を緊張から殺気へ急上昇させた。
「こらジジイ、笑天下バカにしたら許さんぞ」
「耳から手を突っ込んで、奥歯ガタガタ言わすで」
「「せやせや」」
ブタバラの2人が品の無い関西弁で捲し立てるとサバトの2人も気勢を上げる。下須の返答如何によっては乱闘騒ぎになりそうだ。
だが、そこに水を差したのはまたしても林冲子であった。彼女は立ち上がって仲間たち諫める。
「やめよ。他の者の迷惑である」
「姉者! 笑天下が愚弄されているのですぞ!」
「分かっておる。が、所詮、痴呆の始まった老人の戯言。いちいち真に受けては介護疲れでこちらの身がもたぬ」
「誰が痴呆老人や!失礼なやっちゃな!」
「ご老体。痴呆でないと申されるのであれば、室内で帽子を脱ぐのが礼儀作法ということはご存知でしょう? それとも他に何か脱げない理由でもおありでしょうか? 如何に?」
憤る下須に対し、林沖子が暗に〝ハゲ隠しで帽子を取れないのでは?〟と大声で皮肉った。
周囲のテーブルからもクスクスと忍び笑いが聞こえた。
すると、周囲の視線を一身にに集めた下須は、目深に被っていた野球帽のツバに手を掛けると勢いよく脱ぎ去った。
そこに現れたのは額に刻まれた〝美少年〟の3文字。
だが、ハゲ頭に下膨れの顔と美少年という情報の正面衝突に、目の当たりににした者は自分の意思とは関係なく突っ伏してしまう。
松武子や林冲子でさえも例外ではない。二人とも膝から崩れ落ち机を叩く。
下須がグルリと周囲を見回すと、あたかも火炎放射で焼き払うかのように爆笑が湧き上がった。
すべては下須の計算であった。まるで詰将棋のような鮮やかな話術に鉄太は舌を巻いた。
あえて帽子を脱がずにおいて、礼儀作法を口にすることで、相手に「帽子を脱げ」と言わせる。その緊迫感が笑いを増幅させたのだ。
緊張と緩和の法則。
笑いの方程式としては初歩であるが、筋書きのない会席でこれほど効果的に使われるとは思ってもみなかった。
正直、鉄太は下須のことを芸人として見下していた。
しかし、あの殺気立った場を笑いで納めることなど自分にはできそうになかったことを思えば、その力量は自分より格上と認めざるえない。
無論、彼を義父にしても良いかといえば全く別次元の話であるが、とりあえず鉄太は心の中でゴメンなさいと謝った。
さて、一同を力技でねじ伏せた下須は、ツバを後ろにして野球帽を被り着席した。
すると、クンカが阿吽の呼吸で引継ぎ「ウヒョヒョ座支配人の一発芸でした。はい、拍手~~」と場を収める。
林らもすべては下須の手の平で踊らされていたと気付いたに違いないが、笑わされしまってては負けを認めざるえなかったようで、クンカからの自己紹介のお願いにも素直に従った。
最初はぎこちなかったものの、それでも酒が進むにつれて会話が弾んでくる。
その中で、やはり一番人気は下須であった。
先ほどの件もあるが、ウヒョヒョ座支配人というステータスや、身に着けている服やら時計やら高級品であるのもポイントが高い。
そして、次に人気なのが意外にもクンカであった。
彼の話術はとにかく褒めることに尽きる。「ベッピンさん」やら「かわいい」やら言われて悪い気になる女はいないし、それが容姿で褒められ慣れてないであろう彼女たちなら尚更である。
第七艦隊の二人は陰気なのが災いしている。
彼らはサバトの二人とは第七回の大漫を共に戦った戦友でもあるので、互いの現状報告みたいな話をしていたのだが、酔いが回ってくるとシクシク泣き始めた。
島津はダントツで不人気であった。
今回の男性陣の中に限ればルックスと収入面でトップクラスなので、最初は食いつきがよかったのだが、「ラジオに出してあげてもよいでごわす」みたいな上から目線の言動を連発したのが嫌われた要因に違いない。
鉄太に関して言えば、基本的に黒子に徹しようとしているので、積極的には話しかけず愛想笑いを振りまいていた。
これを合コンではなく普通の飲み会だと思って割り切れば、少しは楽になろうというものである。
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次回、9-3話 「御堂筋線の言う事は」
つづきは1月12日の日曜日にアップします。