8-1話 逃げ出した理由をすぐに察知して
事務所での打ち合わせから2日後の日曜日、夜9時前。
合コン当日。
鉄太は藁部を伴い、笑比寿橋商店街を南へ進み、難波に向かって歩いていた。
なぜこんなコトになっているのかと言うと、開斗が合コンに付いて行かないと言い出したのが原因である。
そもそも、合コンに行く必要があるのは幹事の鉄太だというのが彼の言い分であった。
まぁそうなのだが、しかし、相方は全盲なのだ。
笑気を反射させて周囲の把握はできるので、他の全盲の人と比べれば空間認識は出来るはずだが、今まで市内からアパートまで1人で帰らせた経験がないので不安だ。かといって、アパートまで送ってから戻るには時間が足りない。
こんなことなら帰宅の訓練しとくべきだったと悔いる鉄太に、開斗が提案したのが、五寸釘に送ってもらうという話である。
なんの問題もないどころか大変喜ばしい話である。
鉄太は2つ返事で了承した。
そして先ほど、仕事終わりに合流した五寸釘に開斗を引き渡したのだが、なぜだかお返しにとばかりに藁部を押し付けられた。
不覚。
この可能性は考えるべきだった。いやだが、考え付いたとして他に取れる選択肢はあるのか?
はなはだ不本意な展開に項を垂れながら歩いていると、突然、側背部に衝撃を喰らった。
「もっとゆっくり歩け!」
藁部がパンチを放ってきたのだ。その時、コイツはいつまで付いてくるんだろうと不安感が湧いて来た。
足を止めた鉄太は回れ右をして、彼女に疑問をぶつける。
「なんで付いて来たんや? もしかして、お前も合コン参加すんのか?」
数日前、ニッカポッカの女から合コン参加者が2人増えると知らされていた。もしかしてその内の1人が、このオカッパ頭なのだろうか?
だが、その予想は本人によって明確に否定された。
ホッとする鉄太であったが別の疑問が湧く。
「ならなんで付いて来るんや?」
「……だって、ゴッスンたちを2人っきりにさせてやりたいやんか」
藁部は、口をすぼめながらつぶやいた。
鉄太も彼女の意見には賛成だが、答えになっているようでなっていない返事に頭を抱えたくなる。こちらに付いて来なくても彼らを2人っきりにさせることは出来るのだから。
さらなる追及を口にしようとしたが、やっぱりやめた。
聞くまでもない。コイツは先日の打ち上げの時も付きまとってきた前科があるのだ。恐らく今日も合コンが行われる居酒屋に乗り込む気だろう。
相当独占欲が強いらしい。
鉄太は大きなため息を一つ吐いた。
正直な話、藁部が単体であればギリギリ許容できる。問題は、合コンに藁部の父親である下須が参加していることだ。
あの男は鉄太と藁部をくっ付けようとしている。2人が揃うとどのような災厄が降りかかるか考えるだに恐ろしい。
(そや! コイツ足メッチャ遅かったな。走って逃げれば……アカン。合コンの場所はカイちゃんも知っとるから前みたいに電話されたら終いや)
何か追い返す方法はないかと考え、しばらく無言で歩いていた鉄太だが、ふと、彼女に今日の合コンに来る笑天下の追加メンバーについて知っているか尋ねてみた。
藁部は息を弾ませながら答えた。
増員された2名は、ブタバラという先輩コンビで、それぞれオンドレ美麗とケツカル・ド・高貴という芸名だそうだ。
また補足によると、ブタバラというのは〝ブタペストのバラ〟の略で、とあるミュージカルを元ネタに、関西弁丸出しでパロディーにした漫才をしているとのことだ。
「お前んトコは、キャラ漫才師しかおらんのか?」
鉄太が知る笑天下過激団の漫才師どもは、全員コスプレしていてキャラを前面に押し出したコントに近い漫才をしていた。
いけないとは言わないが、そういう連中だけというのは、漫才の王道を行く鉄太にしてみれば首を傾げたくなる。
すると藁部は「うちの組はそやねん」と言った。そしてさらに説明を続ける。
「笑天下に喜怒哀楽の4つのパートがあるのは知っとるやろ? そんで喜パートには3つの組があんのや。逝組と欲組と憑組や。逝組には普通の漫才師、欲組はコント師、憑組にはウチらのようなキャラ漫才師というように分けられてんねん。ちなみにな、憑組はちょっと前に逝組から分派したんやで」
鉄太は、どうでもよい話を適当に聞き流しながら、もっと追加メンバーについて話せと促した。ミュージカルのパロディーとかアカン匂いがプンプン漂っている。
すると案の定というか、彼女らも赤い糸を黒く染める会のメンバーだった。
また、笑天下の序列では、梁山泊より下で、サバトより上になるそうだ。
それ故、後輩のサバトが合コンに参加するのが納得がいかなかったブタバラが泣きわめき、流血沙汰一歩手前になったらしい。
「いや、怖すぎるてその話」彼女らと自分の合コンに対する温度差に身の毛がよだつ。
しかし、藁部が先輩たちのフォローを口にする。
「でもしゃーないやん。金髪美少年の外人テレビディレクターが合コンに来んのやろ? みんなからしたら絶対譲れんやろ。ウチかて見るの楽しみにしてんのやで。シシシシシ」
「待て待て。金髪美少年の外人テレビディレクターて何やねん。少年がディレクターになれるわけないやろ」
「ウソなんか?」
「ウソというか……間違いや。金髪外人……と美少年……とディレクターの3人や」
「ホンマか!? どこでねじ曲がったんやろ? まぁええけど、姉さんらはガッカリするやろな。ってか美少年って気色いわ。夜遅くに子供を居酒屋に連れて来るとか犯罪やで」
「ちゃうねん。美少年はアダ名みたいなもんや。少年ちゃうねん」
鉄太のその言葉に藁部の眉間に皺が走り、足がピタリと止まった。
「どないした?」
「あ、あ、あ、そう言えば、ウチ大事な用事あること忘れとったわ。ほなな」
彼女はそう言うが早いか踵を返して、小走りで去っていった。
なんだか肩透かしを食った気分であるが、
(あ、そういうことか!)
鉄太は藁部が逃げ出した理由をすぐに察知して安堵した。
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次回、8-2話 「合コンが、舞台で喋れるキカッケに」
つづきは12月8日の日曜日にアップします。




