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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第七章 打ち合わせ
201/228

7-5話 確実に成長している後輩に

  ホワイトボードには意外と上手な字で、次のように書かれていた。


 第1部

  1 オープニング挨拶 10分

  2 漫才 10分 満開ボーイズ

  3 漫才 5分 ゴールデンパンチ

  4 漫才 10分 満開ボーイズ

  5 漫才 10分 満開ボーイズ

  6 漫才 5分 ゴールデンパンチ

  7 漫才 15分 満開ボーイズ

  8 休憩 15分

 第2部

  9 トーク 50分  満開ボーイズ

  10 休憩 15分

 第3部

  11 漫才 10分 ゲスト

  12 漫才 20分 満開ボーイズ

  13 エンティング挨拶 15分


 どうやら短い準備期間を誤魔化すためにトークで水増しするつもりのようである。


 ただし工夫もある。


 通常であれば前座は若手が担うものだが、とてもじゃないが月田とヤスはまだそのレベルに達していない。


 なので、まず満開ボーイズが会場を笑気で満たすことで、ゴールデンパンチのネタも笑いやすくすることができるだろう。


 正直な話、ゴールデンパンチは出さないのが正解なのだが、ヤスを舞台に立たせるのがこの金島からの絶対条件なので、こればっかりはしょうがない。


 また、他に気になる点もある。


「トーク50分て、何話すんや?」

「再結成からの話でええやろ。50分ぐらいすぐや。まぁ、テッたんが新ネタ2、3本作ってくれるならそれでもええけど?」


「……トークでええわ。ってかゲストって誰や?」

「第七さんや」

「あぁ」


 そう言えば以前、淀川の河川敷で開斗が、笑林(しょうりん)時代の先輩コンビ〝第七艦隊〟をライブに出すと約束していた。


 鉄太は得心したが、待ったをかけた男がいた。


「第七ぁ? どこの組の(もん)じゃ?」

「組ちゃうわ。先輩漫才師や。ちょっとした義理で出てもらうことになったんや。ノーギャラやし問題ないやろ」


「ノーギャラ? ホンマか?」

「ホンマや。第七さんの出演は必ずや。これは譲れん」


 事務所内の緊張が一気に高まったが束の間のことであった。ノーギャラならと金島が折れたのだ。


 月田は安堵したようだが、鉄太は不安が(ぬぐ)えない。と言うのも開斗が第七について大事な部分を伏せたままであった。


 実は、彼らは舞台恐怖症というイップスを(わずら)っており、まともに漫才ができないのである。


 最悪、お通夜のような空気の中で、自分たちがラストの漫才を行わなければならない。鉄太がどうしたものかと考えていると事務所のドアが開きヤスが「ただいま戻りやした」と言って入って来た。


 彼は真っすぐ金島の所に向かい缶ビールとタバコを手渡した。どうやらパシらされていたようだ。


(ついでにワテらのメシ、()うてくれてもバチあたらんやろ)


 腹が減っていた鉄太は心の中で悪態を吐く。そして、舞台構成も決まったことだし、そろそろ終わってくれないかと思ったのだが、当然そう上手いこと行くはずがない。


 開斗がパンフレットはどうするのかと金島を問うた時、返答が「作りたければ自腹で作れ」だったので、また揉めだしたのだ。


 結局、パンフレットは作らないことになった。


 壁時計を見ると8時30分近くを指し示しており、事務所に来てから1時間半が経とうとしていた。


 すると、月田とヤスが「それでは」と一礼して事務所から出て行った。


「じゃあ、ワテらもそろそろ……」

「何言うとんのやテッたん。これからネタ見せやで」

「ネ、ネタ見せ!?」

「しゃーないやろ。誰かさんがリハ会場押さえてへんからここでやることになったんや」


 まさか自分の意識が飛んでいる間にそんな決定がされていたとは……


 しかし、金島にネタを見せてどうするつもりなのか? プロでもない者にダメ出しされて、素直にハイそうですかとは言えない。


 鉄太の不満を察したのか開斗は一言付け加えた。


「言うとくけど、ワイらちゃうで。月田らのネタ見せや」

「え?」


 でもさっき、2人とも帰ったと、鉄太が言おうとした時、事務所のドアが勢いよく開いた。


「「どうもーーーー」」


 月田とヤスが拍手をしながら登場した。


 わざわざ出て行く必要あったのかと鉄太が思う中、彼らのネタが始まった。


 月田は右の拳、ヤスは左の拳を突き出して、「俺たち、ゴールデン、パンチ――」と自己紹介ギャクを行う。彼らの動きにはキレがあり、以前見た時よりは随分板について来たようである。


「いや~、最近暑くなってきたっすね」

「そうでやすね。もう夏がそこまで来てやすからね」


「夏と言えば、海とかお祭り。彼女と一緒に行きたいっすね」

「いや、アナタ彼女いないでやしょ? まず彼女作らなきゃ」


「彼女を作る? それは夏休みの工作的な意味っすか?」

「アホか! 女性に告白して彼女になってもらえという意味でやす」


 月田はそう叫ぶと、体を捻って右ストレートを月田に向かって繰り出したのだが、それを月田は上体を後ろに逸らして()ける。


(いや、()けんのかい!)


 鉄太は心の中でツッコんだ。


 お気づきかと思うが、ゴールデンパンチのボケツッコミが以前と比べて逆になっている。実はこれ、笑パブ下楽下楽(げらげら)でアドバイスを求められた際に、鉄太がした提案によるものである。


 なぜそのような提案をしたかと言えば、まず、技量の差が激しいからだ。それなりのツッコミ経験を持つ月田とズブ素人のヤスのボケではつり合いが取れないこと(はなは)だしい。


 次に、月田のどつきツッコミが機能していない点である。どつきツッコミの意義は笑気の拡散にあるのだが、笑いの世界を生きてこなかったヤスは笑気を張ることが出来ていないし、リアクションも痛々しい。


 おまけに月田のボクシング的どつきツッコミは、ツッコミというより暴力に近いのだ。


 ボケになることで、やられる側の辛さを味わって欲しかったのだが……


(まぁ、それもアリか)


 今回のライブに関しては彼らの役目は前座ではなくイロモノ的な箸休めだ。ならば、アンチテーゼな手法も笑対性理論的には間違っていないのである。


 それにしても、前見た時は手に汗を握ったものだが、今は落ち着いて見ていられる。


 さりげなく金島の様子を窺ってみれば、まんざらでもないようだ。確実に成長している後輩に鉄太も頬を緩める。


 それはそうと、月田とヤスも彼女が欲しいのだろうか?彼女を作りたいと言ったのはネタの中であるが、彼らも年頃であるから当然な欲求である。


 ならば、合コンに誘えば喜んでOKしてくれるのではと一瞬期待感が膨らんだがすぐに(しぼ)んだ。そう言えば、彼らには最初に声を掛けたのだが、断られていたのだった。


 鉄太は漫才を聞くフリをしながら、なんとか上手いこと言いくるめて彼らを合コンに引きずりこむことが出来ないかと考える。

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次回、8-1話 「逃げ出した理由をすぐに察知して」

つづきは12月1日の日曜日にアップします。

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