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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第一章 再会
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1-2話 漫才せいっちゅうんですか!?

 薄暗い店内に男が四人、小さいテーブルを囲んで座っている。


 鉄太と開斗、アロハシャツの男とその子分が隣り合っている構図である。


 鉄太以外は焼きそばを食べている。


 壁に取り付けられた扇風機がガタガタと音をたてながら首を振っているが、生暖かい空気をかき混ぜているだけであり全く涼しくはない。


 鉄太はアロハシャツの男を見る。


 彼の名前はたしか金島といった。下の名前は憶えていない。


 子分のチビっこい男はヤスと呼ばれていた気がする。


 二人はサラリーマン金融、いわゆる高利貸しの社長と社員であり鉄太は彼らの顧客だ。


 具体的には彼らに400万円ほど金を借りている状態にある。


 彼らの機嫌を損ねることは可能な限り避けたい鉄太はサングラスを外し低姿勢でおずおずと切り出した。


「あの~~……それ食べたら帰ってもらえます? 商売になりまへんので」


 借金取りがかつての相方を連れてきたとなれば、その理由は考えなくても分かる。


 漫才をさせるためであろう。


 世間は折しも第三次漫才ブーム。当たれば一攫千金も夢ではない。


 しかし、鉄太には無理だった。

 彼はすでに漫才ができない体になっていたのである。


「商売もなにも客なんか最初(はな)っからおれへんやろ」

 焼きそばを食べ終えた開斗が毒づく。


「ほうじゃの~~。こんな辛気臭い奴から食い物買おうとは思わんのぁ」


「せや、せや」

 金島の嫌味にヤスが乗っかる。


「だからって、ワテにまた漫才せいっちゅうんですか!?」


 鉄太は右手のこぶしをテーブルに叩きつけると全身から一気に汗が噴き出した。


 暑さからではない。

 あの忌まわしい過去が脳裏によぎったからである。

 

 三年前の師走、彼ら〈ほーきんぐ〉は〈大漫才ロワイヤル〉、通称〈大漫〉の予選を突破し、見事本戦まで進出していた。


 しかし、度重なる開斗の鋭すぎる手刀ツッコミに鉄太の体は限界を超えていた。


 そしてネタの最後の手刀ツッコミで悲劇(ひげき)が起きた。


 本来なら〈笑壁(しょうへき)〉の張られた胸で受けるべきをヘタによけてしまったがために腕で受け、彼の左腕は付け根あたりからザックリと切断されてしまったのである。


 そして、悲劇はそれだけにとどまらない。


 収録中に降りだした大雪の影響でいたる所が渋滞しており、受け入れ先の救急病院に着くころには腕の壊死(えし)が始まっていた。


 彼の左腕は永遠に失われ、義腕を付けることとなった。


 もしかして、腕を雪で冷やしていれば違った結果になっていたのかもしれない。


 あるいは収録中に大雪が降っていなければ……


 車内の暖房をつけていなかったら……


 仰け反って(かわ)していたら……


 予選で落ちていれば……


 際限のないIFという妄想に、鉄太の心はすっかり蝕まれていた。


「今でも見るんや……あん時の夢を……」


 さっきまであんなに笑っていたはずの客たちの顔に、張り付いた恐怖、悲鳴、子供の泣き声。


 鉄太は自由に動かせる右腕で左肩を強く抱えて顔をそむける。


 浜辺の喧騒もなぜかここには届かない。


 軒先から見える眩しい光景は、映画館のスクリーンのように現実味のない世界に思える。


 壁に取り付けられた扇風機がガタガタと音をたてながら首を振っている。


 ――タン!


 金島が飲み干したグラスを勢いよくテーブルに置いた。


「それにしてもアレはごっつオモロかったのぉ。きょうびあんなの放送する局あらへんぞ」

「そうでやすね兄貴。帰ったら久しぶりにビデオ見やす?」


 あのコンテストを収録したテレビ局は、惨劇の一部始終をカットもモザイクもなしに放送していたのだ。


 今では信じられない話なのだが昔のテレビはなんでもありの状況だった。


 しかし、行き過ぎた過激さは規制を呼ぶことになりテレビから過激な表現は徐々に減って行った。


 一方、開斗は、テーブルに乗せた右手の人差し指でテーブルを叩きながらこう言ってきた。


「ほんで来週な、大咲花(おおさか)で手ごろなコンテストがあんねん。で、そいつに参加しよかと思ってんねんけど、ドヤ? ――ま、肩慣らしにちょうどええやろ」


「アホ――――――――――!! 人の話聞け――――――――――!! ワテは漫才でけんゆーてるやろ――――――――――!! さっきも見たやろ。ツッコミ入れられるとき、体がビクーなんねん! トラウマやねん! カイちゃんに腕斬られた恐怖が染みついとんねん!」


 鉄太は全ての怒りを開斗にぶつけた。

 金島には怖くてぶつけられないからだ。


 しかし、そんな鉄太の激情を受けても開斗は全く意に介さないようだ。


「テッたんが漫才でけんちゅーのはよー分かった。でもそれ漫才したないっちゅー意味とはちゃうやろ?」


「うっ……」


 鉄太は言葉に詰まる。

 彼にとって漫才とは存在証明であった。


 出来るものならやりたいに決まっているのだ。


 しかし同時に、二度と舞台に立てないことを十分思い知っている。


 鉄太は胸の底から声を絞り出した。


「同じや……もう漫才したないんや……」


「そっか…………。ほんで来週な、大咲花(おおさか)でコンテストがあんねんけど、」


「コラ――――――――――ッ! 何聞いとったんや! 漫才したない言うとるやろが!!」


「漫才したないやとぉ? ならソレはなんや!」


 クイックモーションで放たれた開斗の手刀ツッコミは、鉄太によける暇を与えず彼の黒シャツの左胸部分を切り裂いた。


小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。

つづきは明日の7時に投稿に投稿します。


次回1-3話「舞台に立つのも怖いねん!」

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