7-3話 顔面を思いっきり近づけて
鉄太は首を捻って、消えた金について考えてみる。
答えはすぐ出た。
なんのことはない。先日、羊山に飲みに誘われた夜、酔った挙句、財布を空にしていたのだ。当然、その時までに売ったチケットの代金6千円も含まれている。
自業自得とはいえ、血の気が引いて唇が震え出した。
「どうしやした?」
開斗と月田から金を受け取ったヤスが、早く出せとばかりに、せかしてくる。
「いや別に……」と言葉を濁しつつ、鉄太はどうやって誤魔化すか必死に考える。
アパートに忘れたことにしようか?
いやダメや。
財布をすでに取りだしているので、追求されたらすぐにボロが出そうだ。
島津から貰った5千円を使おうか?
いや無理や。
合コンの参加費が3千円なので使っていいのは2千円だけなのだ。
開斗に金を借りようか?
いや無茶や。
鬼どもにバレずに借りることができそうにない。
以前、ポケベルを無くした時に酷い折檻を受けたことを思い出し身が震えた。
しかし、嘘を吐きたくても吐ける嘘がない。
鉄太は腹をくくった。
幸いなことに、今、金島の機嫌は良さそうだ。
「あの~~社長はん……」
鉄太はニコやかな顔を作ると、義腕の左手を握り、胸の所で揉み手のような所作をしながら、恐る恐る切り出した。
「チケット代、次の給料日まで待ってもらえませんか?」
怪訝な表情を浮かべた金島であったが、すぐに懇願の意味するところを悟ったようで、低いトーンの声で「まさか売上に手を付けたんか?」と問い質してきた。
「いや、手を付けたとか、そーゆーことではなくてですね……止むに止まれぬ事情というか……何と言うか……」
「どっちでもええ! ナンボや?」
「ろ、6千円です……」
すると、金島は机から冊子を取り出し、サラサラとボールペンで書き込むと、鉄太を呼びつけサインと拇印を要求した。
それは借用書であった。
「ちゃんと給料から天引きしとくから安心せい」と言われたがとても安心する気にはなれない。
虫メガネがあれば発火するのではないかという意気込みで凝視すると、すぐにおかしな点に気付いた。
「あ、あの……社長はん……これ金額おかしないですか?」
借用書の金額欄には、金壱万六千円也と記されていた。
学のない鉄太であったが、借金に関してはそれなりに経験を積んでいる。なので、壱という漢字が1を表していることは知っており、この借用書にサインすると1万6千円の借金を負うことになると理解した。
「1週間待ってもらうだけなのに1万円上乗せとかヒドすぎちゃいますか?」
鉄太らの給与は月末締めの翌月末払いなので、来週の木曜には金が入る予定なのだ。
10日で1割の利子が付くことを業界用語で〝トイチ〟と言い、非道な金利とされるが、6日で6千円が1万6千円になるのであれば利子にして約16割6分6厘。正に地獄の金利である。
「やったらええです。払います」
細かい金利の計算までは分からない鉄太だが、法外な金利を吹っ掛けられているのは直感で分かった。
それに、よくよく考えてみれば、島津の5千円をここで使って、後から開斗に借りれば済む話だった。
だが、金島は長財布を取り出すと万札1枚を借用書の隣に置いた。
「どアホ。売り上げに手を付けるくらいなら、素寒貧じゃろ。あと、6日どうやって過ごすつもりじゃ」
「……怒ってへんのですか?」
「前も言うたじゃろ。金を借りるのであればワシにとっては客じゃ。返済が滞らん限り腹は立たん」
「社長はん……」
何かしら制裁を科されるものかと思っていただけに、生活費も工面してくれるとは意外を通り越して感動すら覚えた。
「金利ガッツリ取られとるやろ。カモられとるだけやぞ」
隣から開斗のヤジが飛んだ。
「じゃかましい。出資法の範囲内と言うとるじゃろ。1月以内なら金利は4.5%。消費税に毛が生えたようなもんじゃ」
金島は電卓を取り出して計算し、具体的に720円上乗せされることを告げた。
それは、鉄太にとって決して安い金額ではなかった。
開斗に借りようかと思ったが、720円より高くことになりそうだと思い辞めた。月田に借りるという選択肢も浮かんだが、さすがに後輩には借りられない。
仕方なく、借用書にサインをしようと決めた鉄太であったが、ふと携帯電話のことを思い出した。
借金に金島は寛容である。どうせ借りるならもうちょっと借りてみようかという気になった。
「あの……社長はん。実は折り入って相談したいことがございまして……」
「あぁん?」
ノドで返事する金島にビビるが、鉄太は心を奮い立たせる。
「そのですね……事務所から連絡にポケベルを使うのって、面倒やないですかって話でして……」
「ワレ、何が言いたいんじゃ?」
「ちょちょちょっ待って下さい! いや、ですからウチのアパートにも電話あった方が便利やと思いまして、その、携帯電話を買うためにお金をほんの少し貸していただけないかと」
鉄太は、立ち上がって歩みよって来る金島を押し留めようと、可能な限り早口で相談の事柄を述べた。
だが、語り終わっても金島は止まってくれなかった。
ソファーに座る鉄太の前まで来ると、上体を折って顔面を思いっきり近づけてこう尋ねた。
「今、何を買うと言うたんじゃ?」
小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。
次回、7-4話 「どうやら意識が飛んでいた」
つづきは11月17日の日曜日にアップします。