7-2話 財布から6千円が消えている
「はい、金島屋。…………おう、その通りじゃ。…………いや、電話予約はしとらん。…………席は余っとるけぇ当日券を劇場で買えばええ。…………その通り、場所はデュエルシティー大咲花、来週火曜の夜9時、全自由席でチケットは税込千円じゃ。…………ほいじゃぁの」
極めて横柄な電話応対を終えると、金島は「ヤ~~ス。1件追加じゃ」と呼び掛けた。
「へい」
親分からのオーダーに返事をしたヤスはシール1枚を金島の欄に張り付けた。
なるほど。どうやら金島たちの数字のからくりは、電話注文によるもののようだ。
鉄太は、自分らがオーマガTVでライブの番宣をしていたことを思い出し、テレビの宣伝とは案外馬鹿にならないものだなと感心した。
しかし、開斗は抗議の声を上げた。
「ちょい待てや! まさかアンタらの数字は全部電話の問い合わせやないやろな?」
「何が問題じゃ?」
「来るか来んか分からんやろ。皮算用や」
「情けないのぉ。己は人を信じる心がないのか?」
人を信じる心以前に、まず心を持っているかどうか怪しい男から発せられたまさかの言葉に思わずツッコミたくなる鉄太だったが、身の安全のため、それは相方に任せることにした。
「どの口がほざいてんねん。そんな話ちゃうわ。金貰ろてへんのに数に入れるな言うとんのや。せめて振込でチケット通販せぇ」
「ドアホ。たかが千円のチケットにそんな手間かけられるか」
「百歩譲って売上でもええけど、電話の問い合わせはワイらがテレビで告知したからやろ。やったら、その数字はワイらのもんやろが」
確かに。
開斗の主張は、それなりに筋の通ったモノだと鉄太は思った。がしかし、別に最下位に罰があるわけでもなし、正直どうでもよいような気がした。
金島も呆れたように大声で揶揄する。
「ケツの穴の小さいヤツじゃのぉ。そんなに気に入らんのなら自分でシール貼り直せばええじゃろ」
目の見えない開斗には嫌味な提案である。
やり込められて、しばし歯を食いしばっていた開斗だったが、何か思いついたように膝を打つと、別の角度で反撃を始めた。
「そんな事よりオッサン。売上ナンボや? 電話の皮算用入れても50万に届いてへんやろ。完全な大赤字や。赤字の穴埋めをワイらに押し付けるつもりなら許さへんで」
電話問い合わせした人が全て来場したとしてもチケット販売数は337枚であり、売上は33万7千円にしかならない。
金島は以前、会場の半分埋まれば元が取れると言った。
ライブ会場であるデュエルシティーの大ホールは3千人のキャパなので、その半分は1500人、売上にして150万円でプラマイゼロなので、このままでは百万以上の赤字がほぼ確定と言える。
普通の会社であれば、経営者の責任問題に発展するであろう。
厳しい糾弾をされた金島だが特に動揺した様子は見られなかった。彼はアロハの胸ポケットから薄緑色の紙箱を摘まみだした。
煙草である。
銘柄はゴールデンバット。パッケージには意匠化された2匹のコウモリとアルファベットが羅列されている。一見、舶来品のように思えるが歴とした国産品だ。元々輸出を目的として作られたブランドなのでそのようなデザインになっている。
金島がその紙箱から1本取り出すと、ヤスが素早く近寄って火を付けた。
ゴールデンバットは両切りと呼ばれるタイプのタバコである。フィルターが付いていないが故に普通のタバコと比べて短く、また細い。
その細い煙草を唇の先で咥え、ゆっくりと一服した金島は、こう言い放った。
「何か勘違いしとりゃせんか? 己らがライブする会場は小ホールの方じゃ」
『はぁああああああああああああ!?』
事務所内に驚愕の叫びが轟いた。
今まで、3000人のキャパシティーを持つ大ホールが会場だと思い込まされていたが、1000人のキャパシティーしかない小ホールが会場だとすると話は変わる。
苦虫を噛み潰した表情で開斗は吐き捨てる。
「オッサン。謀ったな」
「敵を欺くにはまず味方からというじゃろ。目標を高めに設定した方が一所懸命売るっちゅうもんじゃ。とりあえず、小ホールの使用料分は回収できそうじゃから、あとは自分らのギャラのために気張って売れ」
饒舌に語る金島に、開斗は「誰と戦ってんねん」と批判した。
鉄太としても、高すぎる目標に売る気が起きず、金島の作戦は逆効果だったというのが正直な感想だ。
もちろんそんなことは、口が裂けても言わない。
人が折角気持ちよくなっている所に水をさすなど愚の骨頂。ヤクザのような人間の機嫌を悪くしていいことなど何一つないのだから。
「ヤ~~ス。こいつらから金回収しとけ」
「へい」
煙草を唇に挟んだまま金島は器用に指示を飛ばした。
彼の言う金とはチケット売上金のことである。
鉄太が売ったチケットは藁部に売った20枚と他手売りした6枚の計26枚。ということは2万6千円渡せばよい。
チケット販売のキャッシュバックが1割なので2千6百円引いた金額を渡してもよいのだが、計算が面倒なので、いつも全額払ってからキャッシュバックを受け取っていた。
尻ポケットから財布を取り出して札を勘定する鉄太。
しかし不思議なことに、何度数えても万札が2枚と5千円札が1枚しかなかった。
千円足りないとかそう言う話ではない。なぜならこの5千円札は先ほど島津から合コンの参加費として徴収した金なのだ。
要するに財布から6千円が消えているのだ。
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次回、7-3話 「顔面を思いっきり近づけて」
つづきは11月10日の日曜日にアップします。