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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第七章 打ち合わせ
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7-1話 何時、何処で、誰に何枚売ったんや

 えーびーすーテレビ局を出てから約1時間後、とっぷりと日が暮れた中、鉄太らは咲州(さきしま)にある事務所に到着した。


 咲州(さきしま)とは大阪湾の埋め立て地の中の一つであり、大咲花(おおさか)市行政による大規模開発が行われている場所なのだが、バブル景気の限界により、その開発計画は破綻の危機に直面している。よって、周辺には野ざらしの土地が多く日が落ちれば、身の危険を感じるような地域となる。


 まぁ、鉄太としては、例え夜でなくとも身の危険を感じずにはいられない人間に会いに行くところなので、暗闇を恐れている暇はなかった。


 案の定と言うか、事務所に入るや否や、


「やかましい! ぶち殺すぞダボがぁ!!」との怒声と共に、パンチパーマにアロハシャツの中年男が叩きつけるように受話器を置いていた。


 その男は見た目と中身こそヤクザであるが、鉄太らが所属するお笑い事務所、〈金島屋〉の社長の肩書を持っていた。


 名を金島譲(かねじまゆずる)という。


 どこでどう間違えれば、こんな優しさの欠片(かけら)の無い人間に育つのか。きっと(ゆずる)と名前を付けた親も草葉の陰で泣いているだろう。知らんけど。


 ちなみに彼らの事務所は約50坪の敷地にある平屋のプレハブであり、社長の金島がまだ金貸しをしていた頃、破産した事業者から(かす)め取ったものである。


 その事務所には今、珍しく全社員が集まっていた。


 所属芸人である満開ボーイズの2人と月田、および社長の金島と事務員兼芸人の安生(あんじょう)の計5名である。


 事務所は社長室と事務スペースとトイレがあり、事務スペースに全員いた。


 ただし、事務机は3つしかない。


 元々、もっと机はあったようだが、いくつか処分したらしい。


 しょうがないので、3人掛けソファーを社長室から持ってくることとなり、鉄太、開斗、月田はそこに腰を掛けさせられた。


 相変わらず親分と同じような髪型と服装の安生あんじょうことヤスは、壁に張られたグラフの前に立ってシールをペタペタ貼っていた。


 金島は、高級そうなイスの上長席で、踏ん反りかえって座っている。


 今日彼らが集まったのは4日後に控えた事務所主催の漫才ライブの打ち合わせを行うためである。


 その打ち合わせの最初に行われたのが各人のチケット販売数の申告だった。


 壁に張られたグラフとはチケット販売の枚数を表すものである。ヤスは、鉄太と開斗と月田から新たに売ったチケットの数を聞き、それぞれの名前の欄に貼る作業を行っている。


 現時点の合計は、鉄太が46枚、開斗が37枚、月田が65枚であった。


 月田は、日雇い労働者仲間にかなり張り切って売ったようだ。自分の初ライブが相当(うれ)しかったのだろう。


 まぁ、それはいい。


 問題はヤスと金島だ。


 彼らのシールはすでに貼られているのであるが、なんとヤスが70枚超、金島に至っては100枚越えであった。


 2週間ほど前に事務所に報告に寄ったときは、ヤスは数枚、金島に至っては0枚だったにも関わらずである。


 不正の臭いがプンプンする。


 ヤスはともかくとして、金島が汗を流してチケットを売るような人間とは思えない。鉄太は、つい、開斗に金島の販売枚数を否定的なニュアンスを込めて報告してしまった。


 すると、開斗は大声で、「おい、オッサンの枚数、100枚ってどういうこっちゃ? 納得のいく説明してもらおうか?」と、金島に対して疑義(ぎぎ)をぶつけたのだ。


「兄さん! 落ち着いてください!」開斗の向こうに座っていた月田が身を乗り出し立ち上がろうとする開斗をなだめる。


 青ざめた顔の後輩に、犯した過ちに気付いた鉄太。


 あの2人の衝突を最も恐れていた自分がまさか引き金を引くことになるとは……


 今から起こるであろう修羅場に巻き込まれないようにと鉄太は顔を伏せた。


 ところが、不思議と怒号は飛んでこなかった。


 しびれを切らせたのか開斗がさらに、「自爆営業ならカマへんけど、ウソやったらシバくぞ」と、挑発的な言葉を浴びせたが、それでも金島の反応はなかった。


 もしかして寝ているのか?


 不審に思った鉄太は、恐る恐る顔を上げてみる。


 パンチパーマの中年は寝てはいなかったが、何も聞こえていない蚊の如く煙草をふかしていた。


 まさか、いつぞやのようにラジオで競馬実況でも聞いているのかと疑った時、金島は中ほどまで短くなった煙草を灰皿に押し当てて()じり消した。


「負け犬がギャンギャン五月蠅(うるさ)いのぉ」

「誰が負け犬や!」

「お前じゃ霧崎! 50枚すらチケット(さば)けんとはガッカリじゃ。これじゃ霧崎やのうて口先じゃな」

「アホか! 別にワイはチケットの売上で一番になるとか一言も言うてへんわ! そんなことよりオッサン。アンタ、何時(いつ)何処(どこ)で、誰に何枚売ったんや!」


(おどれ)は小学生か?」

「何やと!!」


 と、その時、争いを止めるかのように電話機の電子音がピロピロと鳴った。

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次回、7-2話 「財布から6千円が消えている」

つづきは11月3日の日曜日にアップします。

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