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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第五章 見舞い
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5-7話 彼の手首は高性能

「ところで、恵子(けいこ)ちゃんはこのこと知ってはるの?」


 開斗が失明に至った経緯を簡潔に述べると哲子が問うてきた。恵子ちゃんとは霧崎恵子。開斗の母の名前である。


 開斗は「ええまぁ」と肯定的な返事するが、鉄太はウソの臭いを嗅ぎ取った。


 思い返してみれば、大漫で優勝してからというもの鉄太は開斗のそばにずっといたわけだが、家族に会いに行くどころか連絡を取っている素振りすら感じたことが無かった。


 だからといって、鉄太はそれを指摘するような無粋なマネはしない。実は、開斗の父親は彼が漫才師になることに大反対だったので、縁を切られるような形でこの世界に飛び込んだのだ。


 それはそうと先ほどから鉄太の右腕に〝トントン〟とシグナルが送られて来ている。腕を(つか)んでいる開斗が人差し指で叩いて来ているのだ。


 開斗は目に関して矢継ぎ早に質問を受けており、それがキツイから何とかしろという事なんだろう。


 相方の意を汲んだ鉄太は母が息を吸うタイミングでカットインする。


「そういえば、幻一郎兄さん体の具合はどうですか?」

「おお、大したことあらへん。ちょっとコケたくらいで大げさに救急車呼ばれただけや」


「ホンマ? ならええけど……あぁ、それはそうと、手ぶらで来てゴメンなさい」


「かまへんかまへん。鉄坊はええ子やなぁ。来てくれるだけで十分やで。大体、来る奴来る奴、何かしら持ってきよるから処分に困るわ。相撲取りちゃうねんぞ」


 幻一郎の視線の先には、うずたかく積まれた菓子箱と思しきものや果物があった。鉄太は思わず生唾を飲み込んだ。自分たちにとって菓子とか果物とかは買う事のできない嗜好品なのだ。


「何なら好きなだけ持って帰ってええんやで」

「ホンマ!?」

「コラ! 鉄太!!」

「ええんやええんや。哲子さん。ここに置いといてもどーせ腐らすだけや。今までも看護婦らにくれてやっとったんやで」




 それから小一時間が経ち、鉄太と開斗は病室から辞去した。彼らのカバンは来た時と違ってパンパンになっていた。


 病室から離れてすぐ開斗から話しかけられる。


「テッたんのオカンはバラエティーとか見ぃひんのか?」

「まぁ、せやな。オカンはお笑いは好きやけど劇場で見るのが好きな人やしな。──って何でそんなこと聞くんや?」


「おばさん、ワテが目ぇ見えへんこと知らんかったやろ。つまりはオーマガTVとか見てへんちゅーこっちゃ」

「あ、なるほど。さすがカイちゃんやな」


 母にどえらい変態の件を知られていないと思えるのは精神的に楽であった。説得力のある言葉に鉄太は心が軽くなる。それと同時に、開斗の家のことが気になった。


 鉄太は逡巡(しゅうじゅん)しつつ聞いてみる。


「ところで……カイちゃんは家族に目のこと知らせんでええの?」


「余計なお世話や。家には弟や妹もおるんや。多分知っとるやろ。アイツらは兄がワイであること隠しとらんかったからな。例え本人らがテレビ見ぃひんでも誰か見て教えてくるわ」


 なるほどと感心した鉄太だったが、その直後、とある疑問が湧き上がる。


「ワテのオカンには誰も教えてくれへんかったのやろか?」

「そら、『おたくの息子ド変態や』とか言われへんやろ」


「うぐぐ」


 近所の住人には知れ渡っていて自分の母だけが知らされていないという状態を想像し、精神的ダメージを負った鉄太は足を止めてその場にしゃがみこんだ。


「コラ、危ないやろ。急にしゃがむな」

「カイちゃんが変なコト言うからや」


「自分から聞いといて人のせいにすな。早よ帰らんと笑パブの仕事間に合わへんぞ。さっさと立て」


「……なぁ、カイちゃん。病室戻ってもええか? 忘れモンや」

「何忘れた?」


「帰りの電車賃もらうの忘れとった」

「待てコラ。恥ずかしないんか? こんなに土産もらっといて、その上、足代までせびるとか」


「しゃーないやん。来た時より荷物重なってるし」


「自腹で電車賃払えるやろ。見舞いの品買うてへんし、それに、ぎょうさん食いモンもらったから、給料日までしのげるやろ」


「せやな!」


 開斗の言葉に元気を取り戻した鉄太は、立ち上がって歩き出す。何か大事なことを忘れているような気がしたが電車で帰れることの喜びで、どうでもよくなった。


 その大事なことに気付いたのは、いたし師匠に帰りの挨拶をして、病院のエントランスを出た後だった。


 エントランス前のロータリーにねじり鉢巻きの男とその他3人の男が立っていた。


 井手駒(いてこま)たちだ。


(ヤバイ! リンチされる!!)


 回れ右して病院内に逃げようと思った鉄太だったが、その必要はなかった。


「坊ちゃま、お待ちしておりました。お車の用意、できております」


 井手駒(いてこま)の手を指す方を見ると、彼の相方が運転するワゴン車がエントランス前にやってきた。


 彼の手首は高性能であった。

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次回、6-7話 「目の前で、大好きな人のパンチラを」

つづきは10月6日の日曜日にアップします。

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