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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第五章 見舞い
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5-5話 嫌いな先輩ランキング

「裏切りモンって何ですか? 見舞いに来ることの何がアカンのですか?」


 受付カウンターの脇で鉄太はアゴヒゲの男に抗議する。そもそも、何で病院スタッフでもない者に見舞いを(とが)められねばならないのか納得が行かない。


「お前、笑林辞めたクセにどのツラ下げて社長に会いに来たんや? 俺らはな、見舞いを口実に社長に擦り寄って来るお前のようなウジムシどもを追い返すためにおんねん。まぁ、来たことだけは報告してたる。見舞いの品置いて帰れ」


「……見舞いの品? あ!?」

「おいコラ、まさか、お前、手ぶらで来たんか?」


 見舞いの品は道中、開斗に買ってもらおうと思っていたのだが、歩くのに必死過ぎてすっかり忘れていた。

 

 と、そこへ────


「テッたん何モメてんねん」

「カイちゃん!」


 トラブルを感知した開斗が、白杖で床を叩きながらやってきた。


「ちょっと聞いて聞いて。大八車の兄さんらが、ワテら見舞いアカン言わはってな……」

「大八車ぁ? あぁ、あの、銀バエのような先輩か」

「カ、カイちゃん!?」


「何やと霧崎!」


 ストレートな悪口に〝アゴヒゲ〟はこめかみに青筋を浮かべるが、怒号を発することはなかった。その代わりバンザイのポーズをして両腕を開いたり閉じたりした。


 一体何をしているのかと思う間もなく、3人の若者がこちらへ向かってくるのが目に入った。仲間を呼んだのだ。


 5人で鉄太と開斗を取り囲むと、アゴヒゲが低い声でこう言った。

「ここや何やから表行こか?」


「絶対イヤヤ!」


 鉄太は叫んだ。相手の言いなりについて行ったら、ボコボコにされるのが目に見えていた。


「やかまし。病院やぞ。迷惑やろ」

「そんなん知らん!! 誰かーー!! 警察呼んで下さいーーーー!!」


 鉄太の絶叫でロビー内が騒然とする。病院の事務員もやって来て騒ぎが一段と大きくなったところに、1人の老爺がやって来た。


「これは~~何の騒ぎや~~?」


 それはど大きくはないが、よく通るその声はその場の全員に届いたようで、瞬間にして騒ぎが収まった。


 全員の注目を一身に受けながら白髪の老爺は近くのイスに腰を下ろした。


「いたし師匠……」


 鉄太が呟いた。


 彼の名は〝片腹いたし〟。その昔、〈いたしかゆし〉というコンビ名で漫才師として活躍していた。現在は笑林興業の役員であり、鉄太の家庭の事情を知る人物でもある。


「師匠。お騒がせして申し訳ありません。ちょっとウジ虫を追い払おうとしましたら暴れ出しまして」


 アゴヒゲが、鉄太に責任をなすりつけた報告を行った。しかし、いたしは話を鵜呑みにすることはせず、アゴヒゲを(たしな)めた。


「謝るのはワシやないやろ。病院のみなさんに対してや。あと、そいつに面会させてやれ」


「いや、しかし」

「そいつはな~~特別なんや~~」


 抗弁をしようとするアゴヒゲに、いたしは有無を言わせぬように言葉をかぶせた。




 さて、窮地を救われた鉄太は、師匠に深く感謝をし、開斗と共に病室に向かった。ただ、どういうワケか、アゴヒゲが一緒に付いて来た。


「兄さん、お見送りはここらへんで十分ですけど……」

「見送りちゃうわ。監視や。社長や(ねぇ)さんに無礼を働かんか見張っとかなアカンからな」


「姐さん?」思わず聞き返す鉄太。彼の知る限りのおいて幻一郎は独身で身寄りとなる女性はいなかった。もしかして年甲斐もなく若い女を連れ込んでいるのだろうか? だとしたら気まずいことこの上ない。


「言うとくけど、その姐さんは社長でも頭が上がらんお人や。くれぐれも粗相(そそう)のないようにせぇよ」


(幻一郎兄さんでも頭が上がらへん?)そんな人いるのかと首をひねる鉄太だったが、そこへ、アゴヒゲからの鋭い指摘が飛んできた。


「ところで、ずっと気になっとったけど、お前、俺の名前、憶えてへんやろ?」


「あ、いや、その……それ言うたら兄さんかてワテらの名前知らんでしょ? おあいこです。おあいこ」


「知っとるわボケ。ほーきんぐのテツとカイ。立岩鉄太と霧崎開斗や。お前ら社長のお気に入りになっとたからな。大してオモんないのに〈大漫〉で優勝。

最近は、どえらい変態か何か知らんけど、ありゃ何や? 漫才師の恥さらしやで。

それに腕チョンパ事件。知らんヤツのが珍しいわ」


 鉄太が何と返したらよいか困っていたら、開斗が語りだした。


「ワイは憶えてまっせ。大八車の井手駒下郎(いてこましたろう)兄さんでしょ? 井手駒(いてこま)兄さんかて嫌いな先輩ランキングの常連でしたからワイらより有名ちゃいまっか?」


「カイちゃん何言うてんのや! 兄さんすんまへん。すんまへん」


 嫌いな先輩ランキングとか、いかにもありそうだが鉄太は耳にしたことがなかった。自分たちの漫才を侮辱されたとは腹立たしいが、だからといってイタズラに敵愾心てきがいしん(あお)るのはいかがなものか。


 鉄太は開斗に代わって謝り倒したが、井手駒(いてこま)が返事をすることはなかった。ゆがんだ彼の顔を見たため背筋に寒気が走っている。帰り道にはよほど気を付ける必要がありそうだ。


 それから3人は無言のまま歩き、ほどなくして幻一郎の病室前に辿り着いた。


 すると、いきなり井手駒(いてこま)が前に進み出て病室のドアの前に立ちはだかる。この期に及んでまだ嫌がらせをするつもりかと身構えた鉄太に井手駒(いてこま)がさりげない口調でこう言った。


「さっき言うた姐さんってのはな、前社長、亞院先生の奥さんのことや」

「え!? ちょ、ちょっと兄さん、今なんて!?」


 パニックに陥った鉄太の顔を堪能するような笑みを浮かべた後、井手駒(いてこま)はドアをノックした。

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次回、5-6話 「事件を起こすトラブルメーカー」

つづきは9月22日の日曜日にアップします。

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