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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第五章 見舞い
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5-4話 何が社長のお見舞いや

 笑比寿島(えびすじま)は堺市にある町の名前で、えーびーすーテレビのある笑比寿橋(えびすばし)とは異なる場所だ。どちらも七福神の(えびす)様が名前の由来であるが、笑比寿橋(えびすばし)心咲為橋(しんさいばし)の隣であるのに対して、笑比寿島えびすじまは14kmほど遠くにある。


 笑林寺(しょうりんじ)の生徒の頃、鉄太は片道2時間半くらいで歩いたものだったが、日ごろ大した運動をしていないので、あの頃の体力をキープ出来ているはずもない。


 途中、住吉公園で1時間ほど休憩をしたため、彼らが笑比寿島医療センターに到着したのは、心咲為橋(しんさいばし)を出発してから4時間後、午後1時を過ぎた頃であった。


 鉄太は汗だくになっており、出発した時に来ていた黒スーツの上着をカバンに仕舞い、ワイシャツの裾を引っ張り出してボタンを全開にしたみっともない姿になっている。片や開斗はスーツの上着こそ脱いでいるものの、それほど汗はかいておらず蝶ネクタイも付けたままである。


「ハァハァ……カイちゃん……もう足パンパンや。せめて帰りは電車にしてくれへん?」

「だらしなさすぎやろ。週一で見舞いに来る言うなら考えてもええけど。あ、もちろん歩きやで」


「……鬼か……ハァハァ……そんなん言うならカイちゃん置いてワテ1人で帰るで……ハァハァ」

「別にどうぞ。ここは知っとる町や。目ぇ見えへんでも駅まで1人で行けるで」


 鉄太は開斗に支えられるような形で笑比寿島(えびすじま)医療センターの自動ドアを通過する。


 すると、半死半生の男が担ぎ込まれたと思ったのかオバチャンの看護婦が「どないしはりました?」と駆け寄って来た。


「なんでもあらへん。見舞いに来ただけや」


 看護婦を追い返そうとする開斗であったが、彼女は容態を観察しようと鉄太の顔を覗き込んできた。


「あら? もしかして、てっちゃんやないの!?」


 覚えのある声に目を動かすと見知った顔がそこにあった。


「あ……菅野はん……お久ぶりです」


 笑比寿島(えびすじま)医療センターは、笑林寺(しょうりんじ)町から程近くにある大病院である。特に、厳しい修行で生傷の絶えないボケ組の生徒にとっては馴染み深い場所であった。


 そして、彼女は鉄太が笑林寺(しょうりんじ)の生徒であった頃からの看護婦であり、名を菅野英子といった。


「しばらく見ぃひん内にこないに立派になって。いつもテレビで見てるで」

「いや、おおきに……ハハハハハ」


 鉄太は乾いた笑いで応じる。テレビでは〝どえらい変態〟っといった不本意な扱いを受けているし、右腕を失ったこの姿を立派になったと言われても素直に喜べない。


 微妙な空気を察したのか彼女は「何でそないに汗ビッチョリなの? 走って来はったの?」と話題を変えた。鉄太が心咲為橋(しんさいばし)歩いて来た旨を伝えると、彼女は爆笑して去って行った。


 さて、しばらくロビーの長椅子で休憩をして息を整えた鉄太は、身だしなみを整えると開斗をおいて一人で受付へ向かった。


 受付には昔、アイドル的存在だった看護婦がいて、もしかしたら再会できるのではないかと淡い期待を抱いていた。


 しかし、受付の行列に並んでいる間、カウンター内やロビーを見渡しても彼女を見つけることはできなかった。考えてみればあれから5、6年経っているのだ。他の部署に移ったかもしれないし、あるいはすでに退職している可能性すらある。


(ってか、寿退職やろな~~)


 何しろ彼女はモテたのだ。クリスマスやバレンタインなどのイベントには病院に行くためにワザと怪我をする連中の何と多かったことか。


 笑林寺(しょうりんじ)時代の思い出を懐かしんでいると、あっという間に鉄太の順番が回って来た。


「次の方どうぞ」

「あの~~面会お願いしたいんですけど~~」


「はい、どなたの面会をご希望でしょうか?」

「連藤幻一郎です」

「ちょい待ちぃ!」


 鉄太が答えた直後、横合いから(はば)もうとする声が発せられた。振り向くとそこにはスーツ姿のオッサンが2人立っていた。


 片方はアゴヒゲ。もう片方は口ヒゲ。


 背格好は中肉中背で顔立ちも含めヒゲ以外の特徴はないのだが、ただ、二人とも()じり鉢巻きをしており、明らかに堅気ではない雰囲気を(かも)し出している。


 アゴヒゲの男が一歩踏み出しながら鉄太に向かって「ワレ、何勝手に社長と面会しようとしてんねん」と言いながらメンチを切って来た。


 以前の鉄太であれば、しどろもどろするところであるが、金島に比べれば迫力不足なので冷静に観察が出来、ねじり鉢巻きをトレードマークにしている先輩芸人がいたことを思い出した。


 確か〈大八車(だいはちぐるま)〉とかいうコンビ名だった。2人の芸名までは思い出せないが、その場合には便利な〝兄さん〟という言葉がある。


「兄さん。ワテです。ほーきんぐのテツです。(げん)……いや、あの、社長のお見舞いに来たんです」

「何が社長のお見舞いや。こん裏切りモンが!」

「う、裏切りモン!?」


「ちょっと、さっきから何しとんのや! ケンカすんのやったらそこどいてくれへん?」


 後ろで待っていたオッサンからクレームを入れられた鉄太は反射的に「すんまへん」と謝って列の外へ出た。


 しかし、一歩踏み出してから、はたして列から抜ける必要があったのかと後悔する。

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。


次回、5-5話 「嫌いな先輩ランキング」

つづきは9月8日の日曜日にアップします。

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