表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第五章 見舞い
189/228

5-3話 学校出てから5年以上

 明けて翌日。


 鉄太は床が(きし)む音で目が覚めた。室内は薄暗く日の出の少し前らしい。今の季節であれば5時過ぎぐらいであろうか。


 足音の主は台所を通りドアを開けて室外に出ていた。


 それが誰なのかは分かっている。


 隣を見れば案の定、布団しかなかった。


 しばらくすると、庭の方から一定間隔で「喃照耶念(なんでやねん)」という声が聞こえてくる。


 普段であれば目覚ましが鳴っても起きない鉄太であったが、今朝に限っては別であった。


 昨夜寝る直前に、彼が兄と仰ぎ身内のような存在である連藤幻一郎(れんとうげんいちろう)が倒れて入院したと連絡を受けたのだ。不安からなかなか寝付けず、浅い眠りを繰り返して今朝に至った。


 起きるには早い時間であるが、目を閉じたところで眠れる気がしないので庭に行くことする。鉄太は月田を起こさないようにゆっくりと台所脇を通り廊下に出て玄関に向かった。



 引き戸を開けると、肌寒さを感じされる外気が流れ込んできた。


 こんなに朝早く外に出るのはいつぶりだろうか? 済んだ空気を吸い込むと鉄太は一歩踏み出した。


 門柱の(かたわ)らには、一心不乱に手刀ツッコミを繰り返している長身の男のシルエットがあった。


 開斗である。


 鉄太は相方に近づくことはしなかった。

 

 眠れないから外に出ただけで、用事があるわけではない。いや、無いわけではないが日課が終わってからでも間に合う話だ。


 鉄太は玄関前に腰を下ろし壁に背中を預けてその様子を見守ることにした。


 時折、バイクや自転車が門の外を通り過ぎる。新聞配達や牛乳屋であろう。彼らは門柱に手刀を打ち続ける不審者に慣れているのか無の表情であった。


 周囲が曙色に染まり始めた頃、ようやく開斗は腕を振るう動作を止めた。そして、あたかも目が見えているような足取りで玄関に向かって歩いて来る。


 特に息が上がっている様子もない開斗は、ポーチ前までくると足を止めて鉄太に話かけた。


「何や。こんな朝早よ起きるとか、えろう珍しいやんけ」


「……今日、見舞い行くんやろ?」


 鉄太は開斗の会話に応じずに、危惧している件を直球で問いかけた。それと言うのも開斗は幻一郎に対して友好的ではないからだ。行かないと言っても不思議ではない。


 だが、幸いなことに開斗は応諾してくれた。


 鉄太は胸をなでおろす。


「いや、安心したわ。もしかしたら断られるかもと思っててん」


「何言うてんねん。好き嫌いで見舞いせんとかいう相手とちゃうやろ。それより、ワイはテッたんの方こそ見舞いに行かんとか言うかと心配してんねんけどな」


「はぁ? 喃照耶念(なんでやねん)。ワテが幻一郎兄さんの見舞いに行かんとかありえへんやろ」


 すると開斗は右の口角を上げた微笑みを浮かべてこう言った。


「そか、じゃあ3時間、頑張って歩こうな」

「……はぁ? 電車で行けばええやん」


「テッたんは財布空にしたんやろ? そんなムダ金使う余裕あるんか?」

「昨日チケット20枚売れたから電車賃ぐらいあるわ」


 金島から1割のチケットバックが許されているので、2千円までは使うことができるのだ。


「ほ~~ん。テッたんは、お見舞いに手ぶらで行くつもりか?」

「往復でも千円かからんやろ。だとしたら2人合わせて2千円ぐらいの菓子折りでも()うてけばええやん」


「で、次の給料日までスカンピンで過ごすんか?」

「カイちゃん……少し貸してくれる?」


「貧乏人が楽しようとすな。それに一緒に歩いてやるって言ってんねん。金がないのはワイも一緒や。まぁ歩いてまで見舞いに行く相手じゃないなら別に行かんでもええんとちゃう?」


「いや、歩きで全然行けるし」


 鉄太は開斗に乗せられて、歩きで見舞いに行くことになった。


 それから約2時間後、鉄太は弁当などの準備と、黒スーツを着て身支度を済ませ、開斗と共に見舞いに出発した。月田も同行を希望したが断った。


 幻一郎(げんいちろう)は月田と面識がないのだ。無用なことに時間を使うよりはライブの稽古を優先して欲しかった。


 ちなみに、心咲為橋(しんさいばし)までは定期が効くので、歩くのは心咲為橋(しんさいばし)から堺市笑比寿島(えびすじま)までである。


 そして、その道のりは1本道であり、御堂筋から国道26号をひたすら南下するだけでよいから迷う心配もない。




「いや~~。(なつ)いな」


 地下鉄から地上に出て御堂筋を歩き始めると開斗が(ほが)らかに語り掛けて来た。鉄太は顔をしかめて「せやな」と応じた。


 何が懐かしいのかと言えば、笑林寺(しょうりんじ)漫才専門学校時代の訓練である。


 通称〝行軍〟と呼ばれたそれは、体力作りのため、学校から心咲為橋(しんさいばし)の間を往復する苦行である。


 当然のことながら、鉄太はこの訓練が好きではなかった。しかし、冬山の雪中行軍に比べればはるかにマシなので大嫌いというほどではない。


 ただ、しばらく歩いていると思いのほか早く疲れていることに気付いた。考えてみれば黒色のスーツを着ているし、重い荷物を背負っているしで、訓練と比べても過酷であった。


 とても堺市まで歩ける気がしない。


「カイちゃん、疲れたわ。やっぱ電車で行かへん? 玉出(たまで)まででもええから」

「歩き始めたばっかで何言うてんねん。だらしなさすぎや」


「言うても学校出てから5年以上経っているし、スーツ着てるし、ワテ、途中でぶっ倒れるかも知れへんで」


「安心せぇ。途中2時間ぐらい休憩しても大丈夫や。なんのためにアパート8時に出たと思っとんのんや」


「じゃあ、休憩。休憩やカイちゃん」

「ナメとんのか。せめて30分歩いてからや」

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。


次回、5-4話 「何が社長のお見舞いや」

つづきは9月8日の日曜日にアップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ