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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第五章 見舞い
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5-2話 数瞬後、言葉の意味を理解した

「兄さん兄さん。そもそも、ヤスには社長の世話があるんで、こっちには来れんのです」


 開斗は月田に、空き室の7号室でヤスとの同居を勧めたのだが、金島の世話のため難しいと難色を示された。


「あの2人同居しとんのか?」

「はい、事務所に住んでる言うてたっす」


「ほ~~ん。やったら、お前も事務所に住めばええんとちゃうんか? オッサンがOKするか知らんけど」

「いや、その前にですね、あそこは電車がちょっと不便なんで……」


 万年赤字の南港ポートタウン線は電車の本数が少なく、月田の働き口であるドヤ街への所要時間は20分ほど差が出ると言う。そもそもあの辺りは貿易関連の倉庫などが立ち並ぶ区域であり就労人口は多くなく飲食店もほとんどないのだ。


 それにしても、あんなクソ辺鄙(へんぴ)な場所に鬼と同居とか地獄でしかない。寝る前にそんな話を聞かせないでくれと鉄太は内心ゲッソリしていたのだが、開斗が追い打ちをかけるような発言をする。


「だったら、ヤスがこっちに来て代わりにテッたんが事務所に行けば丸く収まるんとちゃうか?」

「ああ、なるほど」


「なるほどってなんや! 丸く収まらんわ! もう、そんなん言うならワテが7号室に1人で住むで!」


「静かにせい。夜やぞ。周りに迷惑やろ」

「そっすね。もう寝ましょう」

「うぬぬ……」


 神経を逆なでされた鉄太は、このまま寝てしまうのは少々(しゃく)に障ると思い、ほんの気持ち程度の憂さ晴らしとして月田に用事を言いつけてやろうと思った。


「月田君、電気消すんやったらその前にワテの上着のポケットに封筒が入ってるから取ってくれへん」


「自分で取ったらええやないですか」

「もう立たれへん。月田君お願いや~~」


「しゃーないっすね。なんの封筒っすか?」

「さぁ? 玄関暗すぎてな、見ずにポケットに入れたから」


 鉄太の言葉にハンガーにかけられた上着を無言でまさぐっていた月田は、ポケットから封筒を取り出すと、戸惑ったように報告してきた。


「立岩兄さん。コレ、電報って書いてありますけど……」

「デンポウ!? それって、結婚式とか葬式で届くヤツ?」

「その電報ですね。開けますか?」


 このアパートには電話がないが住所はあるので郵便物は届く。(ゆえに)に知らせがあるなら郵便葉書でくるのが普通であり、いままで電報など受け取ったことはなかった。


 電報を使ってまで早く知らせる必要がある件とは何か? あまりいい予感はしない。


 問われた鉄太が逡巡していると、しびれをきらしたように開斗が「ええやろ。開けてみぃ」と指示を出した。


 封筒を破り、畳まれた紙片を開いた月田。


 次の瞬間、彼は悲鳴のような声を上げた。


「しゃ、社長が倒れはったらしいです! 病院に入院って書いてあるっす」


「何やて!?」

「ホンマか!?」


 鉄太は跳ね起きて月田から紙片をひったくる。電報用紙にはカタカナで次のように記されていた。『シャチョウ、タオレタ、エビスジマイリョウセンター、ニュウイン』


 まさか、殺しても死なないと思っていた金島が倒れるとは……


 病気なのか事故なのかは分からないが、日頃の行いの報い、天罰。鉄太が神の仕事ぶりに(ねぎら)いの言葉を心の中で唱えているのとは対照的に、パニックになっているのが月田であった。


「びょ、病院行きましょ。今すぐ」


「落ち着きや月田君。病院の面会時間は大体夜8時までや。今から行っても無理やで」


 鉄太は自分の入院経験や父の見舞いなどから病院についてはそこそこ知識があった。


「ってか、ライブ来週なんやけど、万が一の時とかどーなんのやろな?」


「万が一とか何ですの。縁起でもないこと言わんで下さい。それに仮にそうなったとしても社長の意思を受け継いでライブを成功させんとイカンでしょ」


 月田は何がなんでもライブをやりたいようだが、鉄太は出来ることならやりたくなかった。


 それというのも準備がまったく出来ておらずトラブルが起きて失敗する可能性が高いからだ。もしかして、社長はライブのことを重圧に感じており体を壊したのかもしれない。


 案外人間らしいとこがあるかもと鉄太が思っていると、開斗が何かに気付いたように声を上げた。


「待て待て待て。その電報、誰から送られて来たんや?」


「ヤス君とちゃうの?」と言いながら鉄太は電報用紙に目を走らせる。すると、発信人と書かれた部分に『ストラトフォートレス』と書かれているのが目に入った。


「どういうこっちゃ? ストラトが送り主らしいで」


 ストラトフォートレスの二人は〈大漫才ロワイヤル〉の打ち上げで金島の面識を得ているのであるが、それ以後の交流は無きに等しいので金島の入院を知らせて来るのは不自然だし、もし知らせて来るとしたらヤス以外にありえない。


 考え込む鉄太に開斗が静かに告げた。


「あいつらが社長言うたら、多分、幻一郎(げんいちろう)兄さんのことやろ」


 数瞬後、言葉の意味を理解した鉄太は後頭部に、手刀ツッコミを入れられたような衝撃を受けた。


「カ、カイちゃん。病院行くで。今すぐや」

「テッたん落ち着け。病院の面会時間は大体夜8時までなんやろ」

「でも、幻一郎(げんいちろう)兄さんが倒れたんやで」

「でもやあらへん。取り敢えず寝ろ。明日や明日」


 鉄太は開斗と月田に無理やり寝かされたのだが、寝られるわけがなかった。

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次回、5-3話 「学校出てから5年以上」

つづきは9月1日の日曜日にアップします。

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