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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第五章 見舞い
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5-1話 部屋借りて二人で生活してみたら

 (うつぼ)公園における不本意な逢引(あいび)きの後、営業をこなしアパートに戻った時、23時近くであった。


 色々ありすぎて玄関に倒れ込みたいほど疲れていた鉄太であったが頑張って靴を脱ぐ。そして、靴箱に靴を仕舞おうとした時、靴箱の中に長方形の紙袋が入っているのを発見した。


「テッたん。どうかしたんか?」

「封筒が入っててん」


 笑月パレスには個人用郵便受けなど洒落(しゃれ)た物がないので靴箱を代用にしている。郵便物を受け取った住人が宛先に応じて部屋番号の書かれた靴箱へ放り込むのが習わしである。


「どーせガスとか水道の請求やろ」

「せやな」


 鉄太はポケットに封筒をねじ込むと開斗を連れて2階に向かう。階段を上ると8号室のドアの前は暗いままであった。


 どうやら月田はまだ帰って来ていないようだ。雑用を押し付ける相手がいないことに鉄太は落胆する。


 だが、そもそも、靴箱に月田の靴は無かったし、封筒が入っていたことを考えれば帰ってなくて当たり前なのだが、そこに気が回らないほど疲れていた。


 部屋に入った鉄太は、部屋着に着替え、開斗の着替えを手伝って、最後の気力を振り絞って弁当箱などの洗い物をするために流し台に向かう。


 と、その時、ドアがノックされ、返事をする間もなく「ただいま戻りました~~」と、月田が入って来た。


「お帰り~~。遅かったね」

「すんまへん。それが、ヤスもやる気出て来たみたいで、気ぃ付いたら終電ギリギリっすわ。あ、その洗いモンは自分が一緒にやっときますんで置いといてください」


「ありがとう」


 月田は肉体労働の後ヤスと漫才の稽古を行っており鉄太よりも疲れていそうだが、折角の申し出を断るのも無粋というもの。


 洗い物をシンクに置くと鉄太は布団を敷こうとしている開斗を手伝う。


 開斗は目が見えなくても布団ぐらい1人で敷けるのだが、誰の布団なのか判別できないので教えてやる必要がある。


 寝る場所は、居間の押し入れ側に鉄太、壁側に開斗、洗面台前に月田と決まっている。


 自分の布団を敷いた鉄太はそこでダウンした。


 開斗は月田の布団を居間の前に運ぶと、布団に腰を掛け月田に問いかけた。


「もしかして事務所まで行ってんのか?」

「いえ、ヤスに難波まで来てもらって駅の付近で稽古してるっす」


「ヤスはどこに住んどんのや?」

「事務所で寝泊まりしとるって言うてました」


左様(さよ)か。なんやったらヤスもここに住んだらええんとちゃうか?」

「マジすか?」

「カイちゃん! そら無茶やろ」


 開斗の提案を耳にして鉄太は布団で突っ伏しながら異議を唱えた。


「何がや?」

「この部屋に4人は無理や。ヤス君、ドコで寝かせんのや?」

喃照耶念(なんでやねん)。ココやないわ。隣の部屋が空いとるやろ」


 開斗の言う通り、このアパートの7号室には人が住んでいない。なので、ヤスがその気になれば引っ越せるのだが、そうなると月田もここから隣に引っ越す可能性が高い。


 だがそれは、家賃負担の増加と雑用を押し付ける相手の喪失を意味するので、鉄太にとって好ましくない。


 何とか月田が断る方向に話を持って行けないかと必死に考える。


 するとラッキーなことに月田から否定の言葉が発せられた。


「すんまへん。霧崎兄さん。その話は遠慮させてもらいたいっす。あと、布団敷くんで退()いて下さい」


「あ、スマンスマン。それはええけど何でや?」

「いや、まぁ、その……」


 開斗の追求に言葉を濁す月田。

 これは助け舟を出した方がいいだろう。鉄太は開斗を注意する。


「月田くんにもヤス君にも事情があんのや。2人のためかもしれんけど有難迷惑やで」


「……テッたん。珍しくええこと言うやんけ。

 すまんかったな月田。今のは忘れてくれ」


〝珍しく〟は余計だと思うが、あえて指摘しない。折角丸く収まろうとしているのだ。であるならばダラダラ会話を続けるよりさっさと眠りに就いた方がいいに決まっている。


 ところが、鉄太がまどろみに沈み込もうとしてた矢先、月田が垂れ込んできた飛んでもない情報に眠気が吹き飛んだ。


「兄さん……今から言うこと内緒にして下さいね。

 実は、ちょい前、姉さんたちにここの家賃とか、だれが大家とか聞かれたことがありまして、もしかしたらあの2人が隣に住まはる気かもしれんので、自分らが借りるワケにはいかんのです」


(うぉぉぉぉぉぉい!!)


 鉄太は心の中で絶叫した。

 月田の言う姉さんとは五寸釘と藁部(わらべ)の以外にありえない。


 別に彼女らが隣に住むだけなら良いのだが(いや良くは無いが)、仮に開斗と五寸釘が結婚した場合、開斗が7号室に行き、その代わりに藁部(わらべ)を押し付けられる光景が鉄太の脳裏に映し出された。


 冗談ではない。


「月田君、漫才師が上手くなりたかったら相方とツーカーにならないかん。とりあえず、隣りの部屋借りて2人で生活してみたらどや?」


「月田とヤスの事情はどこ行った?」


「ぎゃっ!」至近距離から浴びせられる開斗の百歩ツッコミに悲鳴を上げる鉄太。すると仲裁するように月田が居間に顔を出した。


「兄さん兄さん。そもそも、ヤスには社長の世話があるんで、こっちには来れんのです」

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次回、5-2話 「数瞬後、言葉の意味を理解した」

つづきは8月25日の日曜日にアップします。

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